裏切者?
ヴィナはヘリコプターの離陸準備をしている導師イムラーンに呼び出され、ヘリポートに向かった。
「導師、どこへ行くおつもりですか」
砂が顔に当たっても平気そうに導師イムラーンが答える。
「これから
裏切り者がいる可能性のある今の状況で、最高責任者が持ち場を離れるわけにはいかない。ヴィナは怪しい人間がいることを伝えようとしたが、導師イムラーンが大声でヴィナが呼ぼうとしていた名前を叫び、ヴィナの声は掻き消された。
イスカンダルが後ろ手に手錠をかけられ、屈強な男達に連れられて現れる。
「ヴィナ、お前も気付いたようだがな、こいつは兄貴の密通者だ。さっき兄貴から電話があって、馬鹿にされたぞ、畜生」
イスカンダルを引っ張りヘリコプターに乗せた導師イムラーンはヴィナも乗せると自分も乗り込んで扉を閉めた。
「兄貴の送り込んだ糞野郎は
ヘリコプターが離陸し、不安なヴィナを余所に導師イムラーンが毒づく。兄に出し抜かれて怒りを露わにする姿は一〇歳の子どもと変わらなかった。
「でも、どうやって入国するのですか」
ヴィナは恐る恐る訊いた。
「このヘリコプターは放射線を通さない。こいつで核汚染地域を突破する。着陸時はスーパーストリングズも護衛する。安心しろ」
ヴィナは拘束されているイスカンダルと同じく、顔面真っ青になった。
*
アンサはイスラム勢力特別担当班との通信役をそつなくこなした。ついでに班長のイムラーンという男とヴィナの乗ったヘリコプターの護衛のためにステルス戦闘機スーパーストリングズを出動させる手配も整え、隣で作業をするクルドやマルティンに褒められた。
イスラム勢力特別担当班からの通信では、
「アンサちゃん、アレキサンダー・ワン大佐って知ってるか」
クルドが話しかける。アンサはその名前を聞いて飛び上がる思いがした。
「はい、知っています。でも彼は死にました」
他人が考えていることがわかる神通力でも持っているのかとアンサは気味悪く思った。クルドはにやと笑ってイヤホンを指差した。
「右耳で俺の部下からの通信を聞いて、左耳でアンサちゃんとイスラム勢力特別担当班との会話を聞いてたんだよ。アレキサンダーって名前のスパイがいるって話だろ。実は今、俺の部下から大北京でアリトシに武器を売りつけてる男がアレキサンダー・ワン大佐っていう見知らぬ男だって連絡が入ったんで、聞いてみたのよ。ヴィナは知ってるかな」
アンサはクルドの耳の良さに感心してしまって、先の話を聞いていなかった。
「アンサさん。そんな芸当ができるのは外交調査局でもクルドだけですよ、安心してください」
マルティンが一度に何人もの部下と別々に会話をする途中でアンサとクルドの会話に割り込んできた。アンサはマルティンも神通力みたいなことをしていると思ったが口に出せなかった。
「ヴィナ本人と通信ができたら、聞いてみてくれ。アレキサンダー・ワン大佐が何者なのか」
クルドの指示に、アンサは、はい、と返事をして、イヤホンを押し込んで耳に固定し直した。
アンサがヴィナと直接話したいと言っていると告げられ、ヴィナは怒りで物やイスカンダルに当たり散らしている導師イムラーンのいる座席を離れ、ヘリコプター内の通信室に入った。イヤホンを耳に嵌めるとアンサの声が聞こえてきてほっとした。
「ヴィナさん、アレクサンダー・ワン大佐って知ってますか」
ヴィナはその名前に心当たりがあった。
「知ってるわ。あなたの反戦団体と交戦中に戦死した大北京の軍人でしょ」
アンサはクルドに言われたことをそのまま言った。
「クルドさんの部下が大北京でアレキサンダー・ワン大佐と名乗る人を見かけたそうです。今、その人の顔写真が撮れないか試してもらっているところですが、死んだはずのアレキサンダー・ワン大佐と同一人物だったら、どうしようかと思って」
アンサと同じくヴィナも首をかしげた。現在大北京にいるアレキサンダー・ワン大佐が、名前を借りているだけの偽物である可能性はある。だが、もし写真で確認した顔がアンサや自分の知るアレキサンダー・ワン大佐と同じだったら。導師イムラーンと同じ双子かもしれない。そうだったらまだいい。
ヴィナはイスカンダルにアレキサンダー・ワン大佐について知っていることがないか確認すると言って、通信を切った。
ヴィナの問いかけにイスカンダルが返答しない意思を見せると、導師イムラーンが拷問すれすれのパンチを繰り出す。
「お前自分の立場がわかってるのか。ローガンは『俺の優秀なスパイはどんなことでも知っている。たとえそれが地球の裏側で起こっていることだったとしてもな』って言ってたんだぞ。それはつまりお前らがローガンを介さずとも自力で情報交換できるってことだろ。
ヴィナが導師イムラーンの暴力を止めようとしても殴る蹴るは収まらず、イスカンダルは話したくても話せない状況だった。他の部下達は勝手知ったように導師の愚挙を傍観している。
「お兄様のことになるとついかっとなってしまうのですよ、導師様は。だからヴィナさんも自分が標的にされないように今は黙って見てた方がいいです」
ヴィナの面倒を見てくれていたハリマという女がヴィナに耳打ちした。ヴィナは通信室に戻り、情報が手に入りそうにないことをアンサに伝えて、放射線物質が入り込まないように鉄板で塞がれている窓を見た。
*
ローガンがやけに楽しそうにしているのでイシダは何があったのかと、傍らのアレハンドロに訊いた。
「ギャンブルに勝ったからですよ」
イシダはどういうことか訊き直した。ここはカジノではないし、ローガンがインターネットを通じたギャンブルに興じていると聞いたこともない。朝起きてすぐ、何人かに電話した後、ローガンは急に機嫌をよくして、夕食はフレンチのフルコースにしようと言った。状況が飲み込めないイシダは承諾したが、何がローガンをそこまで愉快にさせたのかわからなかった。
「これは普通の賭けとは違いますから」
「ローガンさんってよくわからない人だけど、君、よく平気でいられるね」
イシダはアレハンドロに同情するように言った。アレハンドロは過重労働のせいで痩せ衰えてしまっている。全部、ローガンが食事や睡眠、休憩の時間を取らせず仕事を頼むからだ。
「いいんです。ローガンさんは僕達の未来のために動いてくださっているんですから」
イシダはローガンの本職であるマネーゲームのことを言っているのだと思った。アレハンドロの灰色の瞳はそれ以上何も告げず、イシダの傍から離れた。
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