ハヌル、帰還

 要塞フロイデンベルク最上階の部屋にどたばたと大勢の人間が入ってきた。戦闘服の男達が道を開け、同じく戦闘服姿のアンサとよれよれの普段着を着たハヌルがその間を通ってレイの前に立つ。

「ハヌル・コ博士、無事帰還しました」

 アンサの号令で後ろの男達が一斉に敬礼する。ハヌルは恥ずかしげにしながら、レイに挨拶する。

「約束通り、帰ってきました」

「ハヌルちゃん」

 レイが挨拶を返そうと口を開きかけた時、先にクルドが現れてハヌルの手を握る。

「どこも怪我してないかな。疲れただろうしお茶でもしよう」

 疲れて抵抗できないハヌルをカフェテリアに連れて行こうとするクルドを止めたのはマルティンだった。

「クルド、仕事はこれからが本番だ。ハヌルさんのことはカンさんに任せて、お前は席に戻れ」

「はいはい」

 ハヌルにウィンクして席に戻るクルドを後目に、レイはハヌルに先に休憩を取るように言った。

 アンサの部隊は引き続き任務にあたるため、部屋に残った。これから軍事作戦が開始されるらしいことはハヌルも感じ取った。早くも軍用船舶都市をオーストラリア近海に差し向けたアリトシの行動力は敵ながら天晴れと言ったところだ。現代、どこを探しても他にはない武器を所持しているこちらに軍配が上がったが、次はどうなるかわからない。

 ハヌルが部屋を出て、静まり返った室内で初めに声を出したのはレイだった。

「アリトシとの戦闘に関しては、統治コンピュータアワ・マジェスティに最高指揮権を置き、対応していこうと思います。現時点でこちらが持っている情報を入力した結果作戦内容が既に指示されています。まずは状況の共有から始めます。

 アリトシは祖国アワ・マジェスティの四方を囲み、なおかつオーストラリアからの支援もできないように軍用船舶都市を張り込ませています。これではイスラム勢力の直接的介入も連合王国による支援もままなりません。常に非常事態宣言が出されているアリトシは今回の戦争を見越して既に物資などを整えて戦闘に臨んでいる状態ですから、僕達は後手に回ったような状況です。

 統治コンピュータアワ・マジェスティは南側の三都市、ニイゾラマチ、ガリアヌーヴェル、ネオペターバーグの祖国民アワ・マジェスティを北側三都市、トルキニア、スタリ・シビリ、ファイレンノーヴァに疎開させ、南側を特別警戒区域として軍隊を常駐させることを命じています。また、既に攻撃を受けているアリトシ・祖国アワ・マジェスティ共同極東駐屯所は放棄、生き残った軍隊員達は即時撤退を命じられニイゾラマチに到着しています。南側三都市には新型兵器アーミーアンツと迎撃ミサイルを配備します。

 それから、スタリ・シビリの治安の悪化を防ぐため、国籍に関わらず観光客を帰国させる算段を進めています」

 レイは一呼吸置いて、アンサ達に向かって言った。

「アンサさんの部隊には統治コンピュータアワ・マジェスティから待機命令が出ています。ですが、これまで同様、統治コンピュータアワ・マジェスティの目を掻い潜って自由に動いてください。あなた方が統治コンピュータアワ・マジェスティの命令に背いた行動を取るのを見て、統治コンピュータアワ・マジェスティがどう動くか様子を窺います」

アンサが了解と返答すると、クルドがイヤホンを片側だけ外して話に入ってきた。

「それじゃ、アンサちゃんはヴィナが今後どうするつもりなのか聞いといてくれないか。こっちは防衛態勢を整えるので精一杯で、人手不足なんだ」

 レイはそれについて何も言わなかった。アンサは自分の識別番号で統治コンピュータアワ・マジェスティにログインし、暗号無線の回線を通じてヴィナにメールを送った。

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