探り合い

 地鳴りがしてヴィナがはっと声を漏らすと、クルドが人型兵器の足音だと教えた。昨夜の一件以来、神経が過敏になっていることが自覚された。遠くで人型兵器が歩いているだけでこんなにも緊張するだなんて。クルドに弱気な自分を見られたことも、今、咄嗟に発してしまった怯えた声を聞かれたことも腹立たしい。優しい目で笑いかけてくるが、ヴィナはそれを突っぱねた。

 アレキサンダー・ワン大佐の調査はクルドの部下がやっている。クルドがヴィナを外に出そうとしないので折角核汚染地域を突入して帰国したというのに、まだ何もしていなかった。クルドの部下によって盗撮されたアレキサンダー・ワン大佐の顔は、自分の知っている顔とは別人だった。同じ名前を名乗るローガンの部下達のことでわかったことはまだほんの一部だ。アレキサンダー・ワン大佐もその中の一人であるなら、各人に与えられた名前は便宜上のもので、その内の一つの名前を名乗って活動していた人物が死んだら、ストックされていた他の人物がその名前を襲名し、新たに活動していると考えられる。今のところ、アレキサンダー・ワン大佐が2Lと通信したところを目撃したという情報はない。

 アレクセイについては、わかったことがいくつかある。アレクセイは統治コンピュータアワ・マジェスティに、アリトシから移民しスタリ・シビリに住んでいるロシア系祖国民アワ・マジェスティ橋本有功アレクとして登録されている。統治コンピュータアワ・マジェスティへの虚偽の報告があったことが数回記録されているが、統治コンピュータアワ・マジェスティがそれに手を打ったという記録はない。スパイだとわかっていて泳がせていたらしい。ヴィナが反論すると、導師イムラーンは以前にも統治コンピュータアワ・マジェスティが反逆者を野放しにしていた例があったと説明した。ヴィナはその前例を知っている。アレクセイとイスカンダルのことはイスラム勢力特別担当班に任せて、アレキサンダー・ワン大佐の調査に専念しろと言われ、ヴィナは大人しく引き下がった。


  *


イシダはローガンが何と言ったのかわからなかった。

祖国アワ・マジェスティに帰国するんだ、わかるだろ。祖国アワ・マジェスティだよ」

「でも、ローガンさん」

 ローガンはイシダの言葉を全く聞く気もなく、アレハンドロにあれこれと言いつけている。

「心配ならお前の店の従業員も連れて行け。一〇人抱え込んでも余るくらいの待遇が受けられるぞ」

 イシダは一〇人に満たない元祖国民アワ・マジェスティの従業員達で祖国アワ・マジェスティに帰る気がありそうな者を思い浮かべた。

「アフリカを経由して行くから少し時間はかかるが、問題ない。アリトシの包囲網を突破することは可能だ」

 イシダは最終到着地の空港の名前がネオペターバーグと聞いて、耳を疑ったが、ローガンの命令に背くことはできなかった。


  *


 アンサの名前を知っている大北京の少年二人が話がしたいと言ってきたという報せを聞き、北京語を話せるヴィナが彼らの通訳のために駆り出された。

「俺はリウヤオ。こっちはチェンリュウ。俺達、アンサねえちゃんと一緒に東南アジアへ行った南方ゲリラの弟だ」

 ヤオとリュウは、死んだはずのアレキサンダー・ワン大佐が大北京にいると聞いて怪しみ、兵隊志望の若者の振りをして大北京国境まで来たと話した。そして、まだ一二歳だという二人の少年は祖国アワ・マジェスティと大北京のためにアレキサンダー・ワン大佐を名乗る謎の男を捕まえる作戦に加えてほしいと申し出た。そうきたか、と内心呟いたヴィナは、二人に言った。

「子どもを作戦に加えることはできないのよ。それも大北京の国籍を持った子達を勝手に使うわけにはいかない」

 少年達は、それなら自分達だけでもアレキサンダー・ワン大佐を捕まえると息巻いて出て行こうとした。

「待って。アンサと無線を繋ぐから、彼女に話してみなさい」

 ヤオとリュウが目を輝かせて振り返ったのを見てヴィナはほっとした。

 少年達は嬉々として向かい合い、大振りの暗号無線機に向かってアンサの名前を呼んだ。ヴィナはアンサが片言の北京語で話している音を聞きながら、上手く説き伏せてくれることを願うしかなかった。クルドはこんな時に限って外に出ているし、作戦変更の権限は自分にはない。

「何でそうなるんだよ、アンサねえちゃん」

「兄貴達連れてったのはそっちだろ」

「武器の使い方は知ってるし、向こうは子どもだと思って油断するに決まってるよ」

「いい加減にしなさい」

 アンサの語気が鋭くなり、音が割れる。二人は一瞬怯んだようだったが、言い訳をしようとしてアンサに止められた。

「あなた達が危ないことをしなくても、こっちで対処するから大人しくしていなさい。アリトシのテントには戻らないで、ヴィナさんのそばに隠れているのよ」

 わかったか、と訊くアンサの声に、渋々返事をした二人はヴィナの顔を見る。

「ハリマに言って、お菓子を用意してもらうわ」

 ヴィナの言葉に手放しで喜ぶ姿はまだ子どもだった。


  *


 北海道で隠遁生活を送っている完田了の邸宅に到着した不知火は、門衛が女性型のヒューマノイドだったことに気付き辟易した。目が大きく、青い髪をした女性型ヒューマノイドも、不知火を見て即座に同類だとわかったようだった。

「俺はヒューマノイドじゃない。元人間だ」

 広い庭を案内してくれるメイド服の黒髪ロングの女性型ヒューマノイドに不知火は説明する。

「承知しております。元来、ヒューマノイドは単独行動をするものではありませんので」

 ヒューマノイドの体になってからも人間として扱われてきた不知火は、それでも同じ身体構造を持った女性型のヒューマノイド達に帰属意識を感じていた。一皮剥けば鋼鉄の殻があり、その奥に機械が埋め込まれている。不知火は、ちょっと動けばモーター音が聞こえる他人のヒューマノイドの体に触れてみたいと思った。

「着きました。旦那様、アリトシの諜報課ヤタガラスからお越しの不知火様でございます」

 不知火の視界を塞いでいたメイド服のヒューマノイドが脇にどくと、数台のコンピュータに囲まれた肥った男が目の前に現れた。

「うん、行っていいよ」

 アンジェラと呼ばれたメイド服のヒューマノイドは一礼して部屋を出て行った。完田了が不知火に声をかける。

「まあ座って。話は事前に聞いた通りで間違いないよね。北方新国の統治コンピュータが君のような遠隔操作式人型兵器やヒューマノイドのシステムを乗っ取ることができるか、ということだったね。電話でも言ったが、答えは僕もわからない」

 不知火は自分の意識と遠隔操作式人型兵器に組み込まれたコンピュータが繋がっている感覚を話した。それは人型兵器に意識を取り込まれる前から感じていたものだった。人間の脳と人型兵器のシステムは全く違う原理で動いているはずなのに、自分にとってはどちらも自在に操れる自分の思考そのものなのだ。

「君の意識が邪魔になって統治コンピュータがハッキングできなかったというわけか」

「遠隔操作式人型兵器がハッキングされないことがわかれば、俺と同じ意識を取り込まれたまま生活している連中を集めて北方新国に侵攻させればいい」

 完田了は掌を不知火に向けて、待てのジェスチャーをした。コンピュータの画面から目を離し、椅子を回転させて不知火と正面から向き合う。

「統治コンピュータがどんなものだかわからないことには結論を出せない。アンタらも不確定なものに賭けて損失を出したくないだろう。俺が北方新国に行って確かめてきてやるよ」

 不知火が反論しようとするのも聞かず、完田了はコンピュータの方に向き直ってしまった。

「クロエ、ユキト。旅行の準備をしろ」

完田了は作業をしながらヒューマノイド達に指示を出す。不知火は、いつの間に自分の右後方に二台のヒューマノイドが現れたのを確認した。赤い髪で小柄な少女と、背は高いが細身で、全身銀色の二〇代くらいの容姿のヒューマノイドだ。

「何でアタシなのさ」

「了解しました。他にご用件は」

 二台のヒューマノイドがほぼ同時に返答する。完田了は、ノートパソコンを鞄に入れながら、クロエが赤髪の方で戦闘タイプ、ユキトが全身銀色の方でコンピュータと会話ができる、と不知火に説明した。

「戦闘タイプって何だ」

 不知火は当然の疑問を口にした。戦闘を目的としたヒューマノイドは不知火と同じ、遠隔操作式人型兵器として作られたものだけのはずなのに。

 何かが自分の懐に入ろうとする気配を感じ、不知火は腕で振り払った。それを華麗に避けたクロエはすかさずツーステップで反撃を繰り出す。

 不知火に手加減する気がないことを悟ったクロエは攻撃を止め、短い手足を軽やかに振って退屈そうにする。

「アタシは非売品。了様がご自分のために作られた護身用のヒューマノイドさ」

 完田了も立ち上がりながら説明を付け足す。

「クロエの身体能力は君の出せる力の三倍はあるはずだ。それが現在のヒューマノイドを構成する機械に取り付けられる出力の限界。僕はこれを伊藤国久に売り込みに行ったんだが、他国にスパイとして派遣するのに人間離れした力を持った人間そっくりの人型兵器は必要ないと言われてね」

「じゃあ、コンピュータと会話ができるとはどういうことだ」

「簡単ですよ。きっとあなたもそのうちできるようになります」

 ユキトが言う。不知火は、ヒューマノイドと人間を一緒にするな、と言いたかったが、無駄だと思った。


  *


 陳緑は頭を低くして望遠鏡でアレキサンダー・ワン大佐を追っていた。ヴィナという身長が高くて怖い顔の祖国民アワ・マジェスティの女の人に出してもらったお菓子を柳要と一緒に食べた後、ヴィナが余所見をしている間に外に出てきたのだ。柳要は祖国アワ・マジェスティの外交調査局アリトシ担当班の武器庫テントに忍び込み、手頃な武器を探している。

「緑、すごいものがいっぱいあるぞ」

 兄達が闇市で買ったお下がりの無線機から柳要の声が聞こえる。陳緑は何が見つかったの、と訊き返した。

「爆弾」

 柳要はアルファベットで書いてあるため、取扱説明書は読めないが、髑髏のマークがあるから間違いないと言った。

「危ないよ。触らない方がいい」

「これを担いで持っていくんだろうな、きっと。でもこれ、どこにピンがあるんだろう」

 物が擦れる雑音がする。柳要は爆弾を観察しているらしい。

「これ、一個しかないから、俺のな。緑にもちょうどいいのを見つけて持って行ってやるから待ってろ」

 そっちの様子はどうだ、と柳要は言った。

「アンサねえちゃんがアレキサンダー・ワン大佐は別人だって言ってただろ。何か裏があるから、それがわかるまで迂闊に動けないんだって」

「悪者の名前を騙る向こうがいけないんだ。俺達のこと舐めてると痛い目見るって教えてやらなきゃな」

 陳緑は溜息をついて、柳要がこちらへ向かうと言う声に生返事をした。


  *


 四時間後、不知火が連れてきた完田了が単独で北方新国に乗り込むと聞いた伊藤は茶を噴き出した。

「どういうつもりだ」

「俺のヒューマノイドが統治コンピュータと直接話す」

「今がどういう状況だかわかっているんだろうな」

 激戦地で攻撃の前に対話が行われるなど、考えられない。

「こちらはもうじき電磁波ミサイルの発射準備が整う。フロイデンベルクに直撃すれば、そこに収められている統治コンピュータは機能停止する。対話なんてしなくてもいいんだよ」

「お前はそれでいいのか。世界一のコンピュータを前にして、何も理解せずに脅威だからって壊すのか」

「不知火、完田了と彼の連れているヒューマノイドが国境を越えないよう見張っていてくれ」

 伊藤は準備が整い次第電磁波ミサイルを発射するようにその場に控えていた部下に言い、無線に戻った。

「ネオペターバーグまで電磁波が届くかわからないが、ミサイルによる影響が出てもこちらは一切責任を負わない」

 車中にいるらしい不知火から、できる限り国境から離れるよう運転手に頼んだという報告が入り、通信が途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る