「0000-xyz」

 ネオペターバーグの北西部にあるネオペターバーグ空軍基地にはつい一時間前、核汚染地域を通過してきたプラベートジェットが着陸許可を申請してきた。統治コンピュータアワ・マジェスティが再起動する頃合を見計らったかのような絶好のタイミングだった。プライベートジェットのパイロットは移民した元祖国民アワ・マジェスティを乗せていると話した。その元祖国民アワ・マジェスティの名前を聞いた導師イムラーンはプライベートジェットに着陸許可を出した。統治コンピュータアワ・マジェスティも同じく、着陸許可を言い渡した。

 コーヒーの匂いが漂う室内で導師イムラーンは長年の敵と向かい合っていた。

「どうした、イムラーン。久方ぶりの再会だってのに、連れないじゃないか」

 ローガンが連れてきた元祖国民アワ・マジェスティは2Lに移民した後、祖国アワ・マジェスティに何度か帰国しようと思ったにもかかわらず戦争で断念していた人達だという。今回自分が帰国することになり、ついでに同行させたらしい。

「てめえのせいだろうが、糞兄貴」

 拘束を解かれたイスカンダルがローガンと共に入国したアレハンドロとネオペターバーグについたばかりのアレクセイと並んでローガンの後ろに控えている。

「それで、何だ。今回の件は全部統治コンピュータアワ・マジェスティの指示に従っただけということか」

 イムラーンは低い声で言った。

「もちろん、そうだ」

 ローガンは統治コンピュータアワ・マジェスティに繋がっている自分のタブレットをイムラーンに見せる。そこには、二〇年越しの大計画の全貌が記されていた。ローガンは、レイが南日本から戻ってきて調べていた統治コンピュータアワ・マジェスティの更新プログラム「0000‐xyz」の一部だった。

 政策コード「0000‐xyz」は二〇年前に発動された統治コンピュータアワ・マジェスティの政策だ。統治コンピュータアワ・マジェスティの研究者達は初めて見るその政策コードに疑問を抱かなかった。政策コードを全て知っている人間は、開発者であるカン・シュウ以外にはいなかった。見たことのない政策コードが発動されることは日常で、今回もその中の一つだと思ったのだ。

 しかし、統治コンピュータアワ・マジェスティが大北京の農民の略奪に対処するために軍備を強化し、戦争に突入した時点で研究者達は異変に気付く。それまでに既に一〇年以上が経っていた。「0000‐xyz」の全容解明を依頼されたカン・レイは、祖父カン・シュウの遺品のノートを参考に「0000‐xyz」の目的を探った。

 これは統治コンピュータアワ・マジェスティによる国内問題の解決のためのプログラムだった。統治コンピュータアワ・マジェスティに従うことが当然になってしまった祖国民アワ・マジェスティの自主性を回復するためにわざと戦争を始め、個人と向き合わせたのである。行き詰まりを見せ始めた祖国アワ・マジェスティでの生活を更新する、ということだ。「0000‐xyz」はカン・レイの帰国により次の段階に入った。激化する戦争を止めるためにカン・レイは南日本に戻ることを先送りにし、今に至る。

 ローガンの話では、「0000‐xyz」には、その他に外交問題を解決するための側面があったのだという。

祖国アワ・マジェスティの繁栄が続くように、そして世界的な幸福が実現するように、『0000‐xyz』は発動した」

 ローガンは自分がプログラムの開発者であるかのような口調で話し始めた。

「その際、祖国アワ・マジェスティと仲の悪かった2Lと、軍事力で国を盛り立てるアリトシが邪魔になった。統治コンピュータアワ・マジェスティはそれらの国を自分のコントロール下に置き、運命共同主義の下に平等かつ幸福となるように画策した」

 イムラーンは信じられないといった風に、窓外に目を投げた。今までの苦労が報われるどころか、水の泡になりかねない話だ。

 更新プログラムのことはヴィナから聞いていた。自分自身、統治コンピュータアワ・マジェスティの不可解な命令に気付いていなかったわけではない。独自に調査もした。統治コンピュータアワ・マジェスティの意図することが単純なものではないことは充分わかっている。それがどれだけ遠大で影響力を持った計画であるか、イムラーンは理解している。ローガンの言っていることが全くの嘘だと断定することはできない。だが、同じ遺伝子を持って生まれながら正反対の道を進んだ兄の言うことを何の疑いもなしに信じることができない。いくらなんでもそれは馬鹿正直じゃないか、とさっきからそればかりが頭の中を駆け巡って、ろくに思考が働かない。

「てめえはそこでコーヒーでも飲んでろ、糞兄貴。俺は他にも仕事があるんだ」

 イムラーンは気分を変えるために別室に移動し、数分前から交信中のネット電話のマイクを握った。

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