祖国開戦準備

 すらっとした体躯の二人の男がカン・レイのいる要塞フロイデンベルクの最上階、統治コンピュータアワ・マジェスティのメインシステムのある部屋に入ってきた。外交調査局の局員で駐2L大使のマルティン・フルシュと駐アリトシ大使のクルド・ダルクムターだ。

 レイは話し相手だった小柄な女性から目を離し、マルティンとクルドを見た。室内にいた小柄な女性ともう一人、初老の男性も二人を見る。

「帰国した。とうとうその時が来たようだ」

「アリトシが2Lを裏切った」

 マルティンとクルドが立て続けに言う。

「すぐにヴィナにも連絡しよう」

 クルドが統治コンピュータアワ・マジェスティを操作してヴィナのいるイスラム勢力特別担当班に暗号無線を繋ごうとしながら、目でレイに確認を取る。

「僕は祖国アワ・マジェスティ外交に対して一切の権限を持ちません」

 クルドは黙って目をキーボードに向けて指を走らせた。マイクとイヤホンをセットして声を吹き込む。

「ウェイビーさんにはもう伝えてありますか」

 レイの質問にはマルティンが答えた。

「俺達の顔を見るなり状況を把握して血相を変えてたよ。クルドが済んだら俺も統治コンピュータアワ・マジェスティに入力させてほしい。この情勢に統治コンピュータアワ・マジェスティはどう動くか」

 マルティンの解答は独り言のようだった。

「ハヌルさんが来週オーストラリアに行くのですが、延期した方がいいでしょうか」

 初老の男がマルティンに訊いた。マルティンはその時ようやくその男が統治コンピュータアワ・マジェスティ研究者のテセウス・ストルゲだと認識した。

「テセウスさん、それからハヌルさんも、お久しぶりです。一般旅行者用の飛行機で行ってください。護衛はつけない方が安全です。アリトシは軍用機を見ただけで発砲してくる可能性があります」

「わかりました。初めから護衛をつける予定はありませんでした。用心します」

 通信を終えたクルドが向き直って、直前までと打って変わって軽い調子でハヌル・コに話しかける。

「オーストラリアに行って何するの? 聖地巡礼?」

 オーストラリアに聖地はないだろ、とマルティンが冷静に訂正する。質問にはレイが答える。

「ハヌルさんは『建国の物語』の調査のためにオーストラリアに行ってもらうんです。作中に出てくるマチルダ姫の孫にあたるパミラ姫と謁見します」

 『建国の物語』は祖国アワ・マジェスティの建国の歴史を覆す重要史料だ。その真偽を確かめてほしいと『建国神話』の学者ハヌルはレイから頼まれていた。マルティンが顎に手を当てて言う。

「そっちも進んでるようで何よりだ」

 クルドはハヌルの肩に手を回して言う。

「もしかしたら、そのままオーストラリアにいた方がいいかも」

「どうしてですか」

 ハヌルはクルドの腕の中で縮こまっている。

「ここは危険かもしれないから」

 本土決戦という言葉が全員の脳裏を過る。通常兵器しか持たない祖国アワ・マジェスティにとって、アリトシの人型兵器は脅威だ。今までは同盟国だったため人型兵器との戦闘を想定してこなかった。アリトシと戦争にならない外交をしてきたつもりだったのだが。

「すみません。僕が不甲斐ないばかりに、統治コンピュータアワ・マジェスティがやろうとしていることを妨害することができませんでした」

 レイの言葉を聞き、ハヌルがクルドの腕から逃れてレイの手を取った。

「私は逃げません。祖国アワ・マジェスティと共に戦います。カンさんも諦めないでください」

「ありがとう」

 レイの声に重なって、ヴィナから暗号無線の通信が来たことを告げる電子音が鳴った。

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