祖国の大地に火を灯そう

 講和会議の議長に任命された連合王国のイライアス王についてきて、パミラ姫が祖国アワ・マジェスティに入国したという報せを受けたハヌルはパミラ姫に挨拶をしようと要塞フロイデンベルクへ向かった。

 毛皮のコートを着ているパミラ姫は、オーストラリアで見た時のような一般人の女性には見えなかった。公式の行事のために用意されているドレスを着て、いかにも王室のお姫様というような立ち居振る舞いをする。

 ハヌルはセーターに厚手のスラックスという庶民的な服装で来てしまったことを後悔した。

「ハヌル、また会えて光栄よ。この国は寒いですね」

「パミラ姫。こちらこそ、お越しくださいましてありがとうございます」

 言い間違えないように慎重になりながらハヌルは言い切った。

「今回の件では、あなたも大変でしたね。無事に帰国できて私も嬉しく思います」

 ハヌルはステルス戦闘機に乗せられたことを思い出して吐き気がした。

 パミラ姫とハヌルは要塞フロイデンベルクの客間での面会を許され、一緒に淹れたてのコーヒーを飲んだ。ハヌルはいつも飲んでいるコーヒーと同じでいいものか、と思ったのも一瞬、祖国アワ・マジェスティで一般的に飲まれているコーヒーは一級品だったことを思い出した。これは統治コンピュータアワ・マジェスティの下に皆が平等に扱われ、が祖国民アワ・マジェスティ全員で精を出して働いている結果だった。

「伯父が講和会議に出席すると聞いて、私も連れて行ってほしいと頼み込んだのですよ」

 パミラ姫はお淑やかな話し方をするが、目はいたずらっこのような、親しみやすい、ハヌルがオーストラリアで見たままの光を湛えていた。

「南半球から出たことがまだなかったのですよね」

「そうなの」

 パミラ姫が満面の笑みで言う。

「初めてがあなたの国で嬉しいわ。世界で一番若い国。名前がない国。ハヌルが生まれて育った国」

 ハヌルはパミラ姫が楽しそうにしている様子を黙って見ていた。名前がない国。そうだ。が祖国アワ・マジェスティには正式な名前がない。が祖国民アワ・マジェスティは『建国神話』に出てくる”Our Majesty”という単語を国と国民と国家元首を指す言葉だと解釈して、日常でも使っているが、他国はそれぞれの国で適当だと思われるあだ名をつけて呼んでいる。アリトシや南日本は日本語で北方新国。2LはCDU(Common Destinialism Utopia)。連合王国は「彼らの国」”Their Majesty”。どうして名前がないのか、が祖国民アワ・マジェスティは誰も知らない。『建国の物語』にも、具体的な国名は出てこなかった。アーノルド・アームストロングの実在と関係があるのだろうか。考えてみれば、統治コンピュータアワ・マジェスティも国名を表示したことはなかった。

「パミラ姫、私は今回の戦争でが祖国民アワ・マジェスティが何を頼りに生きているのかわかったような気がしました。統治コンピュータアワ・マジェスティがなければ都市生活が送れなくなってしまうような国ですが、そこで生きている人達は統治コンピュータアワ・マジェスティが教えてくれたこと、『建国神話』が私達に伝えようとしてくれていることを基に、自分で行動することができます。死ぬのが怖いなんて言っている暇はないんです。何か困ったことが起きたら自分達の力で解決して、皆で幸せになるべきなんです。自分達が生きているのはこの現実なんですから。 その先に何が待っていようと、構いません。自分の大切な人が現実に幸せになったという事実があれば、死んだ後どんなことになったとしても怖くない」

 パミラ姫がハヌルをじっと見つめた。ハヌルはその目を見つめ返した。

「あなたは答えを見つけたようですね。今を精一杯生きることは大事なことです。それがわかればどんな答えでも正解です。『建国の物語』の研究を怠らず、よい人生を送るのですよ」

 ハヌルは、パミラ姫が差し出した手を握った。幸あれ、とどこかで誰かが言ったような気がした。それはきっと、が祖国アワ・マジェスティの大地に初めに火を灯したアーノルド・アームストロングの声だと思った。

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GRACE 伊豆 可未名 @3kura10nuts

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