十一 白熱

 号砲が鳴り響き、試合の開始を告げる。

 大玉転がしのルートは曲がりくねっており、押しながら進むとコントロールを失ってコースアウトする危険がある。プロ・オーダマーが一人で押しながら走るのは、よほど腕に自信があるときだけだ。そのため、まずは一人が先行して走り出し、大玉のターニングポイントの前で待ち構える。それからもう片方が大玉を転がしてゆくのが定石である。

 しかし、これは世界大会! 居並ぶ実力者は定石を重視こそすれど、定石に囚われることは決してない!

「なんと、これは……いきなりのスタートッッ! ハットリペア、ガニマタペア、共に一人転がしスタートだァァーーーッ」

 ハットリペアのゴロゴロ選手が猛烈な勢いで大玉を転がし始める。それに追随するディーン・ファイン! ゴロゴロの相方ドロドロは妨害のため同時にスタートし、さっそくシットリペアに迫る。シリム・チーリはスタート地点で待機し、くるりと後ろを向く!

「なんと、ガニマタペア、これは予想外ッ! 一人で飛び出したディーン・ファイン選手に対し、シリム・チーリ選手、後ろを向いたまま動きませんッ!」

「ルールを理解しているのでしょうかねえ?」

「それより、特筆すべきはマッタリペアのオダマ選手! コダマ選手が大玉の上によじ登ったのを見計らい、コダマ選手ごと大玉を弾き飛ばしたァァァ! いきなり出ました! オダマとコダマの得意技、ロケットスタート炸裂です!」

 オダマ選手が弾き飛ばした大玉を、コダマ選手は乗りこなす! 障害物を難なく避け、カーブもコーナーも軽快に躱していく! たちまちディーンとゴロゴロを抜いて、一位に躍り出た!

「あの『大玉乗り』は非常に難易度の高い技術です。コダマ選手、やりますねえ」

 さあ、ゴロゴロのあとに追随するのは、我らがディーン・ファイン! しかし、やはり天才ゴロゴロには勝てず、距離はどんどん開いていく。それどころか、他国のペアにも抜かされていく始末! やはり初心者のディーン・ファイン、一人で転がすのはまだ難しいか。

「ハットリペアのゴロゴロ選手は一人で玉を運ぶだけの力を持っていますが……ガニマタペアのディーン選手は、やはり初心者ですね。どんどん離されています……おおーーっとぉ! ここでディーン選手、大玉を止めたァ! なんと後ろを向いて立ち止まっています! これは一体どういうことだァーーッ」

「これは私にもわかりませんねえ、何か秘策でもあるのでしょうか」

 ディーンと他ペアの距離はどんどん離れていくが、ディーンは焦る気配もない。

 スタート地点でシリム・チーリが叫んだ。

「準備完了! さあ来なさい!」

「よしきた……はああっ!」

 ディーン・ファイン、持ち前の筋力で、大玉を後ろに突き飛ばす!

「これはッ! ディーン選手、逆向きに大玉を突き転がした! スタート地点に向けて転がっていく大玉、それを待ち構えるは、謎に包まれたシリム・チーリ選手! ガニマタペア、予想外の行動の連続ッ!」

「フルダーテさん……」

 解説コロ・ガッシの声が震える。

「もしかしたら我々は今、大玉転がしの歴史の、新たな一ページが開く瞬間を、見ているのかもしれませんよ」

「それはどういう……」

 転がってくる大玉! シリム・チーリは後ろを向き……大玉に向かって尻を突き出した!

 激突! そして、一瞬の静止後……大玉は宙を舞う!

 会場がどよめく。

「なんとォーーーーッ! シリム・チーリ選手の尻に当たった大玉が、大空に舞い上がったァァァーーーーッッ!」

「いやあ、たまげた! なんという尻だ!」

 他ペアの頭上、遥かなる高みを飛ぶ大玉! これには他選手はおろか、妨害のプロであるドロドロ選手さえも手の出しようがない!

「そしてディーン・ファイン選手、走る走る! 落下地点で確実に大玉を受け止めるつもりか! さあシットリペアを抜き、ウンザリペアも抜いた! 速い! さすがの走力です!」

「しかし、何事もそううまくはいかないものですよ」

 ドロドロ選手がディーン・ファインに追いすがる! 追いつきざまに足払いが炸裂し……なんということだろうか! ディーン、ここでまさかの転倒!

「おおーーーっとぉ! ディーン・ファイン選手、ドロドロ選手の妨害により転倒しました! これは痛い!」

「ドロドロ選手、ナイスプレーですね」

 倒れたディーンを尻目に、ドロドロが走り去る。

「悪いな、これも勝負のうちだ」

 ディーン・ファイン、転倒により右大腿骨にヒビが入ってしまった。なんとか立ち上がるも、もはや走ることは敵わない!

「これはディーン選手負傷ですね」

「大玉転がしに途中退場ルールはありませんが……あれでは続行は厳しいでしょうね」

 脂汗を流しながら、それでも前に進もうとするディーン。その姿をテレビカメラはこぞってアップで撮り、全世界が感動に涙した。

「さて、ほぼ脱落確定のガニマタペア以外の順位は現在このようになっております」

  一位 ハットリペア

  二位 マッタリペア

    (ガニマタペア)

  三位 ウンザリペア

  四位 シットリペア

  五位 ウットリペア

  六位 デップリペア

 シリム・チーリが撃ち上げた大玉は風に乗って飛ぶが、高度が下がってきている。地面に落ちれば明らかにコースアウト。自分の足ではもう届かない、これまでか……と肩を落としたディーン・ファイン。その後ろから追いついたのは、なんとシリム・チーリ! スタート地点から全力で走ってきたのだ!

「あたしを使って!」

 息切れしつつそう叫ぶシリム・チーリを見たディーン、ぎょっとした顔をしたあと、首を横に振る。

「無理だ、危険すぎる!」

「でも、やるしかない! このままじゃ勝てないどころか最下位だわ! そんなの駄目、絶対に駄目よ!」

「でも……」

 シリム・チーリの顔を見たディーンは、何を言っても無駄だと悟った。

「わかった! だけど……絶対に死ぬなよ!」

「死ぬもんですか!」

 その二人を尻目に、他ペアはゴールを目指して大玉を転がしていく。そして、レースはいよいよ終盤に差し掛かる!

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