十 伝説の剣

 さて、荷馬車に乗ったアダムが老婆の足の方角へと進んでゆくと、武装した三人の荒くれ者がアダムの目の前に立ちはだかった。三人とも同じ顔であり、どうやら三つ子であるらしい。

「そこの荷馬車、止まれ」

「止まらぬと攻撃を加える」

「止まったほうが身のためだ」

 そこでアダムは荷馬車を止め、降りて三人の男に歩み寄った。

「何奴」

 男たちは一斉にアダムを取り囲んだ。

「この先はデップリ王国の領主ツギハギ様の領地である」

「許可なく通過する不届きものは斬り捨てよとの仰せである」

「ただし通行料を払った者についてはその限りではない」

 デップリ王国の領主ツギハギと言えば王国の北の穀倉地帯を一手に掌握する大領主、聡明かつ鋭敏なる人物と聞き及ぶ。そのような人物がこのような荒くれ者を手下とするだろうか、もしもこの男たちがツギハギの手下を名乗る賊であった場合は逆に引っ捕らえて土産にしようぞとアダムは考え、男たちに呼びかけた。

「これはちょうど良い、私はツギハギ様に話があってこちらへと罷り越した者なり。領主殿の元へ案内してもらおう」

 男たちは額を付き合わせてごにょごにょと相談していたが、再びアダムを取り囲むと首を振った。

「かように怪しげなる男を領主様と引き合わせるわけにはゆかぬ」

「まずは通行料を払ってから進むがよい」

「そうとも、金さえもらえれば、後は我々の知ったことではない」

 アダムはさらに畳み掛ける。

「なるほど、では一つだけ質問に答えてもらおう。もしもお主らが領主どのの正式な手下であるなら1を、ただの悪人であるなら2を思い浮かべよ」

 男たちは不審な顔をしながらも言われた通りにした。

「ではその数字を5倍し、それに2を足し、3で割って1を足せ。3をかけて6引いて、それに0をかけて最後に2を足すのだ」

 男たちは慌てて指を使って計算した。

「答えは何になった」

「2だな」

「俺も2だ」

「同じく2」

 アダムは呵呵大笑した。

「数字が2になったということは、お前らは悪人だ! それに、このような手に引っかかるとは大したことのない奴らよ」

 何を思い浮かべようと答えは2になるのであるが、そんなこととは露知らず、悪人であることを見抜かれたと思った男たちは顔色を変えてアダムに詰め寄った。

「おのれ、バレてしまっては仕方ない」

「いかにも、我らはただの悪人よ」

「では遠慮なく貴様の金を奪わせてもらうぞ」

 アダムは荷馬車に飛び乗った。

「そうはさせぬ」

 鞭をぴしりと鳴らし、アダムを乗せた荷馬車は走り出す。

「待て」

「待たぬと」

「これだぞよ」

 男たちは剣を抜いて振り回しながら追いかけてくる。本来、荷馬車とはいえ人間の走る速度とは比べものにならぬはずであるが、下の地面があまり整備されておらず、大変走りにくいせいで男たちとの距離は離れず、それどころか男たちはゆっくりと荷馬車に近づきつつあった。少し焦ったアダム、これではジリ貧なりと悟って迷った挙句に森の中へと荷馬車の進路を向けた。

「わはは、血迷ったか」

「そちらは深い森、逃げ場はないぞ」

「伝説の剣ならあるがな」

 それが聞こえたアダムは荷馬車を操りながら叫び返す。

「伝説の剣とは何だ」

 男たちも走りながら叫び返した。

「数年前よりこの地に伝わる」

「王の中の王のみが引き抜ける」

「伝説の剣である」

 アダムは叫んだ。

「教えてくれて感謝する」

 そしてそのまま森の中を突っ走ること数分、ついにアダムの目に映ったのはぽっかりとした空き地である。そして目の前にあるは燦然と輝く剣、しかし大きな岩に根元まで埋まり、柄のみが突き出していた。岩の根元には看板が立てかけてあり、手書き文字で「これは伝説の剣カリカリバーであり、王の中の王のみがこれを抜くことができる」と書いてある。アダムはこれこそ私に相応しき剣なりと悟り、荷馬車を止めて飛び降り、柄をしっかと握ったが、追いついてきた荒くれ者どもはそれを見て激しく嘲笑した。

「馬鹿め、それは数年前よりこの地に伝わる伝説の剣」

「王の中の王以外に引き抜くことは敵わぬ」

「ツギハギ殿でさえ抜けなかった剣がお前如きに引き抜けるものか」

 アダムはニヤリと笑うと手に力を込めた。

「王の中の王のみが引き抜ける? まさに私のための剣ではないか!」

 アダムの手に従い、剣はゆっくりと岩からその剣身を見せ、ついに美しい鞘走りの音を立てて岩から抜き放たれた。

「何」

「だ」

「と」

 呆然とする男たち。アダムが剣を翳すと、白銀の剣身は日光を反射して美しく煌めいた。柄にはめ込まれた宝石はよく見るとイミテーションであったが、数年前から伝わるほどであるからきっと高価なイミテーションなのであろう。柄の滑り止めとして彫り込まれた模様は美しかったが、剣を握ると手で見えなくなることを考慮するとあまり意味がない。剣身にはひらがなで「かりかりばー」と彫ってあり、せめてカタカナで彫るべきであろうとアダムは思った。

「私こそが王である」

 アダムが剣を掲げると、天から光が差してアダムを煌々と照らし出した。これこそガニマタ王国初代国王アダムが正当なる王の器として天に認められた瞬間であった。

「さあ武器の調達も済んだ。改めて闘いを始めようではないか」

 アダムが身構えると、三人は慌てて平伏した。

「いえいえ、とんでもございません」

「まさか王の器とは思いもよらず」

「大変失礼な真似を致しました、誠に申し訳ございません」

 こうなっては斬るわけにもいかぬ。アダムは剣を下ろし、三人に荷馬車に乗るよう命じた。

「一緒に領主どのの元へ行くのだ。今までの罪状を包み隠さず領主どのに告白せよ。そして受けるべき裁きを仰げ」

「わかりました」

「仰せのままに」

「了解しました」

 こうしてアダムと荒くれ者三人はデップリ王国の領主ツギハギのもとへ向かった。

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