五 文明の利器

 しばらく沈黙が続き、それを破ったのはイヴであった。恐る恐る口を開いたイヴは、「敵対関係とはいえ、向こうの国民には罪はありません。命令を出した上層部以外には、あまり厳しい仕打ちをなさらぬようお願いします」と頭を下げた。

「わかっておる」

 アダムの顔が少し和らいだ。

「報いを受けてもらうのはあくまでも上層部だけだ。そして斯くなる上は、住む場所を失ったデップリ王国の民を全員こちらに受け入れる。今でこそ我らはガニマタ王国の民だが、数日前まではデップリ王国民だったのだ。母国の危機に馳せ参じずして、どうして国が創れようか。向こうの上層部と直接話をつける。おいガラケーを」

「はい、どうぞ」

 アダムはイヴから受け取ったガラケーをぱかっと開いて番号を猛烈にプッシュし、ツギハギの携帯に電話をかけた。

「もしもし」

「もしもし、ツギハギか」

「これはこれはアダム殿、いかがなされた」

「居住地だ、居住地を大量に増やしてくれ。インフラを整えよ。トンガリ王国の焼き打ちで住処を失ったデップリ王国民を移住させる」

 ツギハギはそれだけで全てを了承したようであった。

「了解いたしました」

「頼んだぞ」

 電話を切ったアダムはイヴにガラケーを返し、自身のスマホを懐から取り出して操作し、何やら高速で打ち込み始めた。しばらく経って、アダムは舌打ちした。

「おのれ通信制限め、こういうときに役に立たぬ」

「アダム殿、私のを」

「おお、助かる」

 シリム・チーリが差し出したiPhoneを受け取ると、アダムはSafariを開いていろいろと打ち込み、入力が完了したのを見計らってシリム・チーリに返した。

「ありがとう、助かった」

「何をなされていたので」

「チャーターだ」

 アダムの声とともに、重低音の唸り声がどこからともなく響いてきた。遠くの空にぽつんと現れた黒い点は徐々にその姿を現し、それに呼応するかのようにそのエンジン音も高らかに響き渡った。

「あれは!」

「うむ。ヘリコプターを呼んだ。あれで直接トンガリ王国の王城中庭、いや、大広間へ直接乗り付けることができるぞ」

 ヘリコプターはゆっくりと下降し、アダムたちの前に縄梯子を降ろした。

「さあ、乗るがよい」

 操縦席から声をかけたのは、誰であろう、デップリ王国の女王その人である。

「女王になるときにヘリの免許ぐらいは取得しておる」

 こうしてアダムたち一行は、ヘリコプターに乗り込んだ。

 朝日を吸収するかの如き漆黒に染まったヘリは、その進路をトンガリ王国へと向け、ゆっくりと進みだした。


 そして数時間後。焼き打ちに成功し、隠れていたデップリ王国民を続々と捕まえているという知らせを受け、国王トンガリコーン十六世と六人の大臣は大広間で喜びの舞を踊り狂っていた。

「やれめでたい」

「めでたい」

「なんともめでたい……ん、あの音は?」

 どこからか響いてくる重低音。全員がその音を聞き取ろうと耳を澄ませているうちにそれはどんどん大きくなっていき、やがて爆音と化し、ついに全員が顔を歪めて耳を塞いだ。

「これは何だ」

「わかりません」

「敵のしゅ」

 敵の襲撃か、と最後まで言うことは叶わなかった。大広間の正面に輝く美しい装飾が施されたステンドグラスが大音響と共に砕け散り、漆黒の機体と高速回転するプロペラが姿を現したのだ。

 逃げ出そうとする七人を阻むようにヘリコプターはずしんと地響きをたてて着地し、中から飛び降りたアダムたち四人とオカメ鳥四羽は、まさに威風堂々たる様子でトンガリコーン十六世を睨みつけた。

「ろ、狼藉者じゃ。各々方、出合え出合え」

 もはや「かもしれない」という語尾を付けることすら忘れた国王は声を張り上げ、部下の兵士たちがわらわらと大広間に駆け込んできた。

「動くな」

 アダムたちをとんがった槍を構えた兵士が取り囲み、穂先を向けてそう警告した。

「動けば命はない」

「ほう、動けば命はないとな」

 アダムは腰の剣かりかりばーをすらりと抜き放ち、全員の槍の穂先を一瞬にしていちょう切りにしてしまった。アダムは料理の技術にも秀でているのである。

「こちらの台詞だ。命が惜しかったら彼女を怒らせぬことだな」

 そのとき、不気味な唸り声が響いてきた。それはヘリコプターの中から聞こえてくるようであった。

「……忠告が遅かったな、どうやら既に怒らせてしまっていたようだ」

 ヘリコプターがみしりと音を立てた。内部からの膨張圧力に負けまいとしてしばらく耐えていたヘリだが、次の瞬間に耐えきれなくなり、破裂。爆音。もうもうと粉塵が立ち込める中、操縦席だった場所から残骸を押しのけてゆらりと立ち上がったのは、怒りに燃える竜と化した女王である。

「がおう」

 女王竜は一声吠えた。

 デップリ王国、反撃の狼煙であった。

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