四 歴史2

「さあ着いたぞ」

 デップリ王国領内にあるもっとも高い山、ムッチャタカイネン山脈。その頂からはデップリ王国の全ての都市が、王都に至っては街並みさえも遠く霞んで見える。四人と四羽はその景色を眺め、大きく息を吸い込んだ。

 明け方の空気は冷たく澄み、肺に流れ込んでくる。

「アダム殿、これからどうやってこの国を奪還するおつもりで」

「うむ、考え中だ」

「えっ」

 三人は驚いてアダムに詰め寄った。

「まさか無策で来たのですか」

「呆れた人だ」

「実家に帰らせていただきます」

 アダムは笑いながら三人を押しとどめた。

「まあ待て待て、そう急くな。おおまかな段取りはできているのだ、あとは細かい動きをチェックするのみ。コクド・チリーンよ、地図を頼む」

「畏まりました」

 コクド・チリーンは地面に線を引いていく。数分後、そこにはなかなか正確なデップリ王国とトンガリ王国の地図が出来上がっていた。さすがは国土地理院の長である。

「我々が今いるのはこの地点」

 アダムがぐりぐりと丸を描く。そして、その周囲に巨大な円を描いた。

「これが、我々がシリム・チーリの尻バウンドを使って一回で移動できる距離」

 その円はデップリ王国全域をほぼカバーし、あろうことかトンガリ王国の王都までもその円の中に収めていた。

「これを踏まえると、我々がとるべき行動は自ずと浮かび上がってくる。まず、収容所の襲撃と破壊」

 アダムはコクド・チリーンの方を叩いた。

「お主を連れてきたのは、その地理の知識だけではないぞ。さあ、距離の測定において目測で誤差を数マイクロメートルまで抑えられるというお主の力が役立つときだ」

「はっ」

 コクド・チリーンは目を細め、王国中を見渡した。

 見慣れたデップリ王国の中に、以前は存在しなかった異質かつ巨大な建物が全部で七つ。それこそがトンガリ王国が建設した即席強制収容所であり、でっぷり太った国民が次々に痩せ細っていく場所である。その周囲にはトンガリ王国の兵らしき人影がわらわらと蠢いていて、それはこの時間帯にしてはやけに多いようにも感じられたが、コクド・チリーンはひとまずそれを頭の隅に追いやり、頭の中で距離と縮尺を計算し、地面の地図に丸を七つ描き加えた。

「これでいかがでしょう」

「うむ、上出来だ。さあ、この七つを巡って全ての民を解放せねばならぬ。まずは一番近いここ。次はここ。そしてここ、そこ、そしてそこの二つ、最後にそこ……おや、何だあの煙は」

 国中の至る所から細くたなびく煙がもくもくと立ち昇り、しかもそれは刻一刻とその数を増やしていた。

「コクド・チリーン!」

 珍しく焦ったアダムの声に、コクド・チリーンは目を細め……そして悲鳴を上げた。

「燃えています! ああ、畑が、家が、轟々と燃え盛っています……ああ、トンガリ王国の奴等め! デップリ王国に、火を放ちやがった!」

 トンガリ王国上層部は、まだ捕まっていないデップリ王国民を文字通り炙り出すべく、国中に焼き打ちを始めたのだった。

 国中から悲鳴が沸き起こった。それは収容所の中から止めどなく溢れ出す、自分たちの家が、町が燃えていくのを眺めることしかできない、無力感と絶望に彩られた悲痛な叫びであった。

 アダムは奥歯をぎりりと噛み締めた。

「おのれトンガリ王国、ここまで卑劣な手段を用いるのであればこちらも容赦はすまい。今考えていた計画は一旦白紙に戻す。こんなものでは生ぬるい。ありとあらゆる文明の利器を利用して敗北を味わわせてやろう。あの女王の先祖からの因縁、今ここで清算してくれるわ」

 炎と朝日に照らされて、アダムの顔は煌々と輝いていた。

「因縁というのは一体」

 アダムは女王から事前に聞いていた、過去に起こった悲劇をかいつまんで話した。

「それは一つの国から始まった。遥か昔、ケンコーランドという国が存在していたのだ。その国は国民全員がBMIにして20~24というとてつもなく健康な体の持ち主で、平和で、豊かで、美しい国だったという。だがあるとき、双子の王子が誕生した。マルマルフトッタとトンガリコーンと名付けられた二人のうち、一人は激しい肥満体で、もう一人は病的なほどに痩せていた。どちらも王としてはやや矮小な器であり、成長してからも二人の王子は仲が悪く、いつもお互いの体型を罵り合っていた。そしてとうとう戴冠式の日、どちらの王子に冠を被せるべきか最後まで決められなかった国王は、とある命令を出したのだ。それは王国を二つに分け、二人の王子にそれぞれ五年間統治させ、五年後、国民の満足度が高かったほうに王冠を与えるというもの。五年後、結局、王子マルマルフトッタとトンガリコーン、この二人は見事に対極的な国を作り上げた。マルマルフトッタは飽食の国。誰もが好きなだけ食べ、飲み、食べるという幸せに浸る国。トンガリコーンは粗食の国。目先の快楽に囚われず、最小限の栄養を摂り、禁欲と節制を何より重んじる国。五年後、それはもう見事なまでにこの二つの国は対立していた。国王も、今更満足度のアンケート調査などを行う気にもならなかった。どちらに王冠を与えても更なる争いの火種になることがわかりきっていたからだ。迷った挙句、国王は冠をどちらにも与えず、どこかに隠してしまった。それから数十年、二つの国の啀み合いの陰で国王の身体を病が蝕んでいた。とうとう、賢王ホドホド七世は「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という遺言を遺してこの世を去った。今でもその王冠は行方知れずとなっているのだが、まあ私には場所の目星が付いている。デップリ王国奪還の暁には王冠もいただきにゆこう」

「では、この国は」

「そう。王子トンガリコーンの国は『トンガリ王国』となり、王子マルマルフトッタの国は『デップリ王国』となった。それがこの二つの国の仲が悪い理由なのだ」

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