五 尻
ディーンの手より放たれた槍は、シリム・チーリの尻へと吸い込まれていく。穂先ではなく石突のほうからシリム・チーリの尻に衝突した槍は、一瞬だけ静止し、そして時速千九百五十キロの速度で尻から射出された。
一瞬の静寂。
標準大気中の音速は時速千二百二十五キロだと言われている。尻から放たれた槍の初速は、つまり音速を軽く超えた。槍は音を置き去りにして飛び、背を向けて逃げるゲラゲラヘビの頭部に寸分違わず命中。もはや笑う間もなく頭部は消滅、その余波で胴体は爆発四散、そして遅れて発生したソニックブームがゲラゲラヘビの居住空間を完膚なきまでに引き裂き、粉々にした時点でようやく音が槍に追いついた。
轟音。
地響きと舞い上がる土塊、もうもうと立ち込める粉塵。それが晴れたとき、四人の目の前にあったのは変わり果てたゲラゲラヘビの屍であった。
「うむ、ややオーバーパワーであったが……まあ倒せたからよしとしよう」
「げーっほげほげほ」
平然と呟くアダムの横で、三人はひとしきり呼吸困難に陥った。そこに駆けてきたのは、ビラビラガマガエルの大群である。
「こっ、これは」
ビラビラガマガエルの長はその光景を一目見て絶句した。
「約束通り、倒したぞ。さあこの穴の出口まで案内するのだ」
「いやはや、驚きましたな。まさか本当に倒してしまうとは、どうせ口だけだと思っていたのに」
「おい、言っていいことと悪いことがあるぞ」
「失礼。しかしこの惨状は、一体どうやったのです」
「メーガス三姉妹が用いたとされる『デルタアタック』を改良したのだ」
「なるほど、味方にリフレクをかけて攻撃魔法を」
「おや、FFはプレイ済みか」
「ええ、初代から最新作まで一通り」
これ以上書くと危険な気がするので、ここで作者は意図的にこの先の会話の内容を省略することとした。
数時間に及ぶFF(作者注:これはファイナルファンタジーというゲームのことであるらしい。何のことだかサッパリわからぬ)談義の後、ビラビラガマガエルの長はアダムに頭を下げた。
「改めてお礼を言わせていただこう、あなたのおかげで我らビラビラガマガエルは絶滅の危機を脱した。感謝感激雨霰」
「感謝ならこの部下たちにせよ、私は何もしていない」
「おお、自分の手柄を誇りもしないとは、なんと奥ゆかしい方だ」
ビラビラガマガエルたちはざわめき、さてはこの人間、只者ではないなと囁き合った。
「では、出口に案内いたします。ついてきてください」
長はぴょんぴょん跳ねながら穴を進んでいく。アダムたち四人もそれに従って進んでいき、しばらくゆくと大きな穴に出た。その直径はおよそ四メートル、高さは約三メートル。上には木々が見え、なるほど確かに地上ではあるがそこまでどうやって登れというのか、とアダム以外の三人は訝しげに思った。
「ここならばあなたがたでも登れるのではないでしょうか」
しかし、アダムは平然と頷いた。
「うむ。案内感謝する」
「いえいえ。では私はこれにて失礼させていただきます」
長は穴の中にぴょんと飛び込んで、仲間の元へ駆けて行った。
「アダム殿、我々にはこの切り立った穴の上まで登ることは不可能だと思うのですが……」
ディーン・ファインの苦言に他の二人も頷いたが、アダムは平然と首を振った。
「いいや、登れる。ではまずは私が手本を見せよう。シリム・チーリよ、うつ伏せに寝転んでくれ」
シリム・チーリは言われた通りにした。
「よく見ておけ、それっ」
アダムはシリム・チーリの尻の上に懐から出した布を敷いて汚れないようにすると、その上にえいっと飛び乗った。
反発係数15の尻に飛び乗ったアダムは、ばいーんと跳ね飛ばされ、穴の上にどさりと着地した。
「おお、尻をジャンプ台に使うとは」
「シリム・チーリの尻には無限の可能性が秘められているのだ。さあ、残りの二人も上がってこい」
こうしてフルダーテとディーン・ファインも尻の上に飛び乗り、ぼよーんと跳ね飛ばされて上まで上がってきた。
「ひどいわ、あなたたちは私のお尻を踏み台にして上がっていけばいいけれど、私が上がれないじゃないの」
地団駄踏んで悔しがるシリム・チーリを、アダムは穴の上からそっと諭す。
「そのまま飛び上がって地面に尻餅をつけばよいのだよ」
言われた通りにしたシリム・チーリは、ぼーんと跳ね上がって穴の縁に着地した。恥ずかしそうに俯くシリム・チーリにアダムは優しく呼びかけた。
「お主の尻は、使い方次第では何事をも可能にするのだ。今のでそれがわかっただろう。予言しよう、その尻の弾力がいつか私の国を救う日が来る」
アダムの予言は当たった。数年後シリム・チーリはその尻を使った攻撃でガニマタ王国に攻め込んできた敵を一掃し、尻大臣の称号を授かるのであるが、しかしそれはまだ先の話である。
こうして三名の部下を連れて地下から生還したアダムは、帰りを今か今かと待っていた部下たちの熱烈な歓迎を受け、再会を喜び合った。
「荷馬車は完成しましたぞ」
プリンプリン博士が叫んだ。
「今度は全員が乗り込める巨大荷馬車じゃ。目の前の障害物は勝手に取り除きながら進んでくれるぞい。さあ乗った乗った」
全員が一抹の不安を抱えつつも改造荷馬車に乗り込むと、プリンプリン博士はスイッチを押した。エンジンが指導し、ゆっくりと進み出し、やがて快調に走り出した。
今度の荷馬車は安全運転であった。
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