四 投げ槍

 アダムと共に穴の深部へと進む三人の部下は、喋り続けていないと息が詰まって死ぬアナウンサー「フルダーテ」、尻の反発係数が15もあるグラビアアイドル「シリム・チーリ」、そして投げ槍の名手「ディーン・ファイン」である。

 穴の深部はだんだん薄暗くなっていくが、完全な暗闇にはならない。これはビラビラガマガエルの潤滑液によるものであり、実は潤滑液には揮発性で毒性を持つもの、そしてシールド工法に使うものの二種類あるのだ。シールド工法に使う潤滑液は外気に触れると固まるが、それともう一つ、暗闇で蛍光を発するという便利な機能があり、それのおかげで穴の深部はうすぼんやりと緑色に光っているのである。

「さあ、我らがアダムどのは暗い穴の奥深くへとずんずん進んで行きます、奥にはゲラゲラヘビが待ち受けているとわかっているはずなのに、その歩みは一向に止まらない、この方に恐れるものはないのか」

「フルダーテ、喋り続けていないと死ぬのはわかっているが、もう少し小さな声でやってくれ」

「かしこまりました、さあ穴の奥へ奥へ、そこに待ち受ける脅威に対して我らが国王はどのような策を……(作者注:私ウッカ・リーはこのとき穴の上で待機しており、フルダーテの実況を直接聞くことができなかったので、全て書きとめるのは不可能であった。アダム殿への聞き取り調査をもとにこれを執筆しているので、アダム殿が覚えている範囲でしか書かれていない。しかしフルダーテの実況がここに書かれていないときでも彼は実況し続けているということをご理解いただきたい)」

「ああ、そのことだが」

 アダムはシリム・チーリとディーン・ファインの顔を見て、こう言った。

「お主ら二人が力を合わせれば、ゲラゲラヘビなど恐るるに足らず。今からその方策を説明する、ああ、フルダーテ、お主にも重要な役割があるぞ。では三人ともよく聞くがよい……」

 そして説明も終わり、シリム・チーリとディーン・ファインは顔を見合わせて頷き合った。これなら確かにゲラゲラヘビだろうと何だろうと、倒せない敵はいないであろうと思われた。

「しかしアダム様、どうしてそのようなことを考え付くのですか。我々にはとてもとても」

 シリム・チーリが尻を揺らして歩きながら尋ねる。

「ふむ、どうしてと言われても困るが、強いて言うなら私が王だからである。王に必要な資質というのは『采配』これに尽きる。有能な王とは、有能な部下を従え、その有能さを余すところなく発揮させる者のことである、そうだろう」

 三人とも深く頷いた。

「私は王であるが故に、お主らの有能さを発揮させることに関しては何物にも引けをとらぬ。それが私の元へ集まってくれたことに対する全力の返礼である」

 三人の部下はいたく感動し、改めてアダムへの忠誠を誓ったのであった。そして歩き続けること数十分、穴は狭くなったと思えばまた広くなり、そしてとうとうとてつもなく広い場所に出た。生臭い臭気が漂い、そこかしこに餌になった生物の骨が散らばっている、そこがゲラゲラヘビの住居であった。

 ゲラゲラヘビはそこにいた。直径一メートルは楽々超えそうな大きく長い体をくねらせ、光る目でぎろりとアダムたちを睨みつけ、ゲラゲラヘビはゲラゲラと笑って問いかけた。

「何奴!」

「私はアダム。後ろに控えるは三人の勇敢なる部下フルダーテ、シリム・チーリ、そしてディーン・ファイン」

 ゲラゲラヘビはゲラゲラと笑った。

「何用だ」

「お主の首をいただきに参った」

 ゲラゲラヘビはゲラゲラと笑った。

「よう言うわ、脆い人間どもが。ひと呑みにしてくれるぞ」

「おっと、我々をただの人間と思ったら大間違いだ……シリム!」

「あン」

 シリム・チーリはズボンを下ろして尻をぷりんと丸出しにして、ゲラゲラヘビのほうに向けた。それを見たゲラゲラヘビはゲラゲラと笑った。

「人間の分際でワシに色仕掛けでも迫るつもりかな」

「残念、そうではない……ディーン!」

「はっ」

 ディーン・ファインは進み出て、投げ槍の槍を構えた。プロの投げ槍選手は、自分専用に重さを調整した投げ槍用槍を常に持ち歩いているのである。しかし彼の槍の長さはわずか五十センチ……それを見たゲラゲラヘビはまたもやゲラゲラと笑った。

「その程度の長さの槍でワシを倒せるとでも? さては投げやりになったか」

「投げやり? 違うな、これは投げ槍だ」

 ゲラゲラヘビはゲラゲラと笑った。

「何も違わんではないか」

「やかましい。さて、ゲラヘラヘビよ……この時点でお主の敗北は確定した。何か言い残すことがあれば聞いてやろう。ただしすぐに忘れる」

 ゲラゲラヘビはゲラゲラと笑った。

「何をぬかす! 短い槍を構えた若造、尻を丸出しにした女、生意気な男、何やらブツブツと喋り続けている男……このような寄せ集めにワシが負けるなぞあり得ぬことだ。では一人ずつ呑ませてもらおうか」

 アダムは不敵に笑った。

「それはどうかな。フルダーテ、解説してやるのだ」

「はい、ただいま。えー、現在ここにいるお尻を丸出しにした女性ですが、その尻は、過去の測定にて、実に反発係数15という、人間を超えた数値を叩き出しています。さらには、そこの槍を構えた男は、我が国で盛んな競技『投げ槍』の前年度大会王者、その腕前は、後ろ向きに槍を百本投げれば、九十九本は的の中心を射抜くほど」

 ゲラゲラヘビの眼前には、槍を構えた男。その後ろに、尻を丸出しにした女。眼前の男は「槍を後ろ向きに投げる」と言った……ここでようやくゲラゲラヘビは笑うのをやめた。

「まさか」

「一説によれば、ディーン選手の投げ槍の最高速度は、時速百三十キロメートル。反発係数とは、衝突前の速度と衝突後の速度の比であり、すなわちディーン選手が放った槍が、このシリム・チーリどのの尻に当たって、跳ね返った場合の速度は」

「や、やめろ!」

 背を向けて逃げ出そうとするゲラゲラヘビに、もはやゲラゲラ笑う余裕はない。

「……時速千九百五十キロ」

 ディーン・ファインの手から槍が放たれた。

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