三 シールド工法
穴の中は潤滑液でねっとりしているかと思いきや案外カチカチに乾いており、アダムは顔をしかめながらものすごい速さで滑り降りていった。やがて見えてきた穴の底にはビラビラガマガエルたちがずらりと並んで待ち受けており、三人の部下たちは特に捕らえられるでもなく拘束されるでもなくビラビラガマガエルと共に座っていて、それを見たアダムは不審げに顔をしかめた。居並ぶビラビラガマガエルたちから敵意が感じられないどころか、よく見ると全員土下座の姿勢でいたためである。
「おお、三人とも無事だったか」
「えー、たった今、我らが主君アダムが姿を見せました。我々部下一同感謝の念でいっぱいになり、中には涙を拭う者も。ううう」
部下のアナウンサーの実況が狭い穴の中で響いて大変うるさいのでアダムは叫んだ。
「実況は小さな声でやれ」
叫びながらアダムは滑り降り、着地と同時に剣を抜いて構えて一喝した。
「おのれビラビラガマガエルども、我が大切な部下を三人もここに引きずり込んでおきながら何だその姿勢は。戦う前から謝ってどうする、もっとやる気を見せんかいやる気を」
ビラビラガマガエルのうち一匹がぴょんと進み出て、平伏した。いや、そもそも平伏していた。どうやらそれが群の長のような個体であるらしい。
「そうおっしゃいましても、我々はこういう身体のつくりですので、これが自然体なのであります」
言われてみればその通りである。
「では、なぜ襲ってこない」
「敵意がないからです」
「しかし人間を穴に引き摺り込むではないか」
「助けて欲しいからです」
ビラビラガマガエルの群の長は姿勢を正し(といっても四つん這いなのだが)アダムに頭を下げた。
「それをお話しするには、まず我々の歴史から語らねばなりませんが、ちょっとお時間よろしいでしょうか」
「ビジネスマンのような聞き方をするな。時間はあるから言ってみろ」
「はい、では」
長は語り始めた。
「我々ビラビラガマガエルは地中に生きる種族です。ニジイロモモンガは空を飛び、人間は地を歩き、我々は地中を這い回る。我々の出す潤滑液はしばらく外気に触れるとカチンコチンコに固まりますので、我々はこの性質を存分に活かしてシールド工法にて地中を掘り進むのです」
「コが一つ多いぞ」
「シールド工法とは「シールド」と呼ばれる筒ないし函で切羽後方のトンネル壁面を一時的に支え、切羽を掘削しながら逐次シールドを前進させるとともに、シールドの後方に壁面を構築する工法です。シールド工法による最初の成功例となったトンネルは、マーク・イザムバード・ブルネルによって開発され、彼とトマス・コクランによって1818年1月に特許が取得されました。ブルネルと彼の息子イザムバード・キングダム・ブルネルは、テムズトンネルの掘削にそのシールド工法を採用し、1825年に掘削を開始しました(ただし、開通は1843年まで待たなくてはなりませんでした)。ブルネルがシールド工法のアイデアを思いついたのは、造船所で働いているときに見たフナクイムシに起源があるといわれています。フナクイムシは水中の木質に穴を開けてそこに住むため、木造船の天敵であり研究対象となっていたのです。水中の木材に単に穴を開けただけでは、すぐに周囲の木材が膨張し穴が狭まってしまいますが、フナクイムシは石灰質を壁面にすりつけて一種の「トンネル」を作っているのであります。このブルネルのシールドは、ロンドン・ランバースの Maudslay, Sons & Field(排水用スチームポンプも建造)により供給されました(Wikipediaより抜粋)」
「シールド工法はいいから話を先に進めろ」
「我々は巣穴を広げ、子孫を増やし、順調に繁栄していました……ところがあるとき、その日々は終わりを告げました」
「ほう」
「十年前、仲間の一人が掘った穴が偶然、恐ろしい怪物の巣穴に繋がってしまったのでございます。そやつは我々の巣穴に侵入してきて、我々の仲間を手当たり次第に丸呑みし、食い殺してしまうのです」
「ほう、カエルの天敵ということはヘビか何かかな」
「ご名答、ゲラゲラヘビです」
「なんと! ゲラゲラヘビは地中に住んでいたのか」
「ご存知なのですか」
「人間の間では、夜道で後ろからゲラゲラと笑い声が聞こえたらそれはゲラゲラヘビに狙われているということだから全力で逃げろ、と言い伝えられている」
「そうなのですね。我々としてもほとほと困っておりまして、何しろ個体数は十年で半分にまで減ってしまい、このままでは近い将来我々ビラビラガマガエルは絶滅してしまう勢い。いくら子作りに励んでもこう片っ端から呑まれるとやる気もおきず、最近では私の息子も一向に元気が」
「話を進めろ!」
アダムが吠えた。
「そこで仕方なく人間の持つ技術と力を借りようと、十年前から人間を引き摺り込んではヘビ退治をお願いしております」
「そういうわけだったのか。しかし、成功していないのだな」
「いえ、失敗してもゲラゲラヘビが人間を呑んだあとは三日ほど消化のため動けなくなりますので、その間は我々が喰われなくて済むのでございます」
「サラリと言ったな、叩っ斬るぞこやつめ」
「というわけです。喰われたくないならゲラゲラヘビを倒してきてくださいませんか。倒していただけたら地上に出る道をお教えいたしますので」
「頼むか脅迫するかどっちかにしろ……だが、いいだろう。行きがけの駄賃に倒してきてやるから祝宴の準備でもしているがよい」
アダムは胸を張ってそう言うと、部下たちを伴って穴の深部へと踏み込んでいった。
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