二十 水商売
「馬鹿とは何だ、私は天才だ」
「それはわかっている、わかっているが……実際に目の前で起きているとはいえ信じられぬのだ」
「ふふん、凡人の頭ではそれが普通じゃろうて」
「おのれ、私を凡人呼ばわりするとはどういう了見か、このぽんこつじじい」
アダムは胸を張り、剣を引き抜いた。
「見よこの剣を。我こそは天より認められし王の器、建国に向けて部下を集めて回っている最中なるぞ。黙って私についてこい」
剣身の「かりかりばー」の文字は安っぽいネオンサインのような輝きを放ったが、プリンプリン博士はそれを一目見た挙句、ふんと鼻で笑った。
「それがどうした。ワシを従わせたくば娘を連れてこい」
「顔に似合わぬ下衆な条件を出すものだな。その歳になってもまだ肉欲が衰えぬとは、卑しい奴め」
「違う! ワシの娘じゃ! 水商売に手を染め、ワシのところにゃあ帰ってきやせん。ここ数年というもの、消息を絶ち、手紙一つ寄越さんのじゃ。わしゃ心配で心配で」
「結婚していたのか」
アダムは驚いた。生涯独身を絵に描いたようなこの男にも妻がいるとは。
「昔の話じゃ」
プリンプリン博士はずびびび、と鼻を啜った。
「娘を放って研究にのめり込んでいたのはワシの責任じゃが、この『バタートースト永久機関』が完成した今となっては、娘孝行の一つでもしてやらんと、亡き妻に顔向け出来んのじゃ」
「なるほど、ではその娘さんを探して連れてくればお主は私の部下になるのか」
「なるともなるとも」
博士は二つ返事で頷いた。
「娘さんの居場所に手がかりはないのか」
「ない。数年前に『私は今度から水商売を始める』とやけに嬉しそうな顔で言うものだから、ワシは思い切り怒鳴りつけたのじゃ。すると、娘は怒って家を飛び出し、それきり何の連絡も……」
「ふうむ」
アダムはしばらく考え込み、それからぽんと手を打った。
「おそらくあの場所にいるに違いないぞ」
「なんだと、もうわかったのか」
「私の予想が正しければな。娘さんの名前は何というのだ」
「ゼリゼリーじゃ」
「相分かった。では行って参る」
アダムはプリンプリン宅を飛び出し、街中を走り抜け、街の外にあるという有名な泉へ向かった。その泉は「幻の泉」と呼ばれ、あまりの透明度にあるのかないのかいまいちよくわからない泉であったが、そのあやふやさが逆に人気となり、今ではその泉の水を求めて大勢の客が国内外からやってくる一大観光スポットとなっていた。しかしその泉の水も透明度が高すぎて結局はあるのかないのかわからない。わからないのに人気が出る。その泉のそばにある「泉通り」は、土産物屋が立ち並ぶ、騒がしい区域である。
「いらっしゃい、いらっしゃい、幻の泉の水、ボトル一つで五百円。あらお買い得、これを買わずに何を買う」
観光客向けに幻の泉の水がボトルに詰められて売られているこの通りでは、調子のいい弁舌があちらこちらから聞こえてくる。しかしボトルもあまりに透き通っているので水が詰められているのか詰められていないのかよくわからず、従って半分は空のボトルなのだが、観光客はそれを喜び勇んで買ってゆく。観光客を相手にする商売は、割のいいものである。
客の間を縫って歩きながら、アダムは売り子の顔を一人ずつ眺めていった。
「違う……これも違う……おっと」
一人の売り子の前で立ち止まったアダムは、「失礼ながら」と話しかけた。
「ゼリゼリーどのでいらっしゃいますか」
まだ幼さの残るその売り子は首をかしげた。
「そうですが、どなた?」
「プリンプリン博士に頼まれ、あなたを探しにきた」
その娘、ゼリゼリーは一瞬きょとんとした顔つきになり、そして顔を歪めて何かを叫ぼうとしたが、それよりも早くアダムはこう言ってのけた。
「誤解だ」
「えっ?」
「あなたの説明が足りなかったのがいけない。あなたのお父さんであるプリンプリン博士は、あなたが水商売なんて言うから、てっきりあなたが風俗業に従事するものだと思い込んでしまったのだ」
アダムの言葉に、ゼリゼリーは「しまった」という表情を浮かべた。
「きちんと『泉の水を売る商売』と言っておけばよかったのだが、まあ今からでも遅くはない、誤解を解きに行かねばならぬ。さあ」
こうしてアダムとゼリゼリーはプリンプリン宅へと向かった。
なんのことはない、水商売という言葉の意味を取り違えていただけである。再開した親子はアダムにそれを指摘され、赤面して謝りあった。ゼリゼリーが笑顔で泉通りへと戻っていったあと、博士は満足そうに頷いた。
「これで思い遺すことはない。アダムと言ったか、約束通りお主に協力しよう」
「うむ、よろしく頼む……しかし、せっかく会えた娘さんと離れ離れになってしまうが、それでいいのか」
「おや、お主は国を作るのではなかったかな」
「そうだが」
「ならば、ここよりもさらに住みよい国を建ててみせよ。ワシも協力する。そうして立派な国ができれば、娘を呼び寄せればよいのだ」
「かたじけない。必ずや」
アダムは剣を抜き放った。今度こそ天から祝福の光が降り注ぎ、そしてどこからともなく現れたアンとポンとタンの三兄弟が二人の周囲を踊りまわった。
「国内随一の天才発明家」
「真の王の部下となりて」
「共に新しき国を作らん」
そうしてひとしきり踊った後、三兄弟は「さあアイスィンクソウの駆除へと戻るぞ」と叫んで窓から飛び出していった。
こうして発明家プリンプリン博士を傘下に加え、アダムとイヴの旅は続く。
その後、プリンプリン博士が娘に残していった発明品「自動で泉の水をボトルに詰める機」によってゼリゼリーの店は一躍繁盛し、とうとうゼリゼリーは泉通り商店街の会長になったが、自動でボトルに詰めすぎて泉の水が枯れてしまい、泉通りは寂れてしまったという。
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