九 甲子園
「いかにも、我はデップリ王国の女王である」
女王竜は翼を羽ばたかせた。
「アダムよ、お主に恋い焦がれるあまり、とうとうこのような姿になってしまったぞ。こうなった以上、何としてもお主を手に入れる。それができぬならお主を殺し、標本にして愛でてくれるわ」
「哀れなり女王よ、いかにしてそのような姿と成り果てたか」
「いかにして? 地震によって落下したシャンデリアに潰され、私は一度死んだ。そして復活したのだ。三途の川で川下りを楽しみ、地獄の閻魔大王を脅し、生まれ変わった私はもはや人に非ず、人を超えた存在である」
「確かに、我の知る女王の皮膚はもう少し肌色に近く、翼も尻尾も角も生えておらず、空も飛べなかった」
「私は力を手に入れた。それはアダム、お主を我がものとするための力だ。お主が私のものとならぬのなら、いっそこの国ごと」
女王竜は首をあらぬ方向に向け、「がおう」と火炎弾を吐き出した。それはデップリ王国西部の都市「幽霊街」に命中し、街の全てを巻き込んで爆発した。そこがゴーストタウンで、人っ子一人住んでいなかったからよいものの、そうでなかったら甚大な被害が出ていたであろう。
「なんと、眼前の竜は女王であった頃の聡明ささえも失われたか。自国を焼くとは、王としてあるまじき所業。もはや女王とは思わぬ、ただのトカゲじゃ」
「何をぬかす。もう一度問うが、アダムよ、我と結婚する気はないのだな」
「ない。お主と結婚するぐらいならビラビラガマガエルと結婚するわ」
「おのれ、そこまで言うか。良かろう、お望み通りぶち殺してくれる」
「簡単に殺せると思うなよ」
アダムは剣を抜いた。
「この伝説の剣かりかりばーで細切れにしてくれる」
「棒切れごときで私を倒せると思うてか」
女王は次々と火炎弾を吐き出した。アダムはそれを躱そうと操縦ボタンに手を伸ばし……そして何を思いついたか、ニヤリと笑って手を引っ込めた。
「棒切れ? 違う、これは伝説の剣かりかりばー。無機物のみを切断するという素晴らしき剣なり!」
アダムは飛んできた火炎弾に狙いを定め、バックスイングをとって思い切り振り抜いた。
かりかりばーの効果「無機物のみを切断する」とは、裏を返せば「有機物は決して切断できない」ということである。さらに、炎というのは何かが燃えていないと発生しない。従って、火炎弾の実態は、女王が口より吐き出した何かが燃え盛りつつ炎を纏って飛んできている、というものであるはずである。燃えるというのはすなわち有機物であり、以上のことから考えると、火炎弾をかりかりばーで斬ることは絶対にできない。
「火炎弾を斬ることは不可能。つまり思い切り叩きつけることで」
アダムが振ったかりかりばーが火炎弾に接触し、そして快音と共に火炎弾をあらぬ方向へ弾き飛ばした。
「火炎弾は切断されず、弾かれるのみ。さあ来い、イチロー並みのバッティングを見せてやろうではないか」
「うぬ、小癪な」
女王竜は次々と火炎弾を放つが、アダムはその全てを悉く打ち返した。
「どうだ、今のはツーベースヒットではないかな」
女王竜はふん、と鼻で笑った。
「甘いな、せいぜいピッチャーフライだ。これでツーアウト」
「ほう、言うではないか。では次の球ではっきりと分からせてやろう」
アダムはかりかりばーで遥か遠くの観客席を指した。ホームラン予告。
「舐めた真似を」
女王竜は口から火炎弾を吐き出し、手にしっかりと握った。足元のロージンバッグをぽんぽんと叩き、投げ捨てる。
「我が魔球を受けてみよ」
女王竜は腕を大きく振りかぶり、踏み込んで投げた。
「……マサカリ投法だと!」
しかし球自体にそこまでの速さはない。
「見掛け倒しか」
アダムは鼻で笑い、かりかりばーを振り抜いた。
手応えは、ない。
「ストライーーク!」
審判の声が響き渡り、アダムは愕然とした。
「馬鹿な」
「魔球だと言ったろう。さあ、二球目だ」
女王竜は再び構え、そして投げる。今度はフォークボール。
「もう惑わされんぞ」
アダムはしっかり球を見て、そして万全の体勢で振り抜いた。素晴らしいバッティング。ホームランは確実であるかに思われたが、それは「当たれば」の話である。
「何だと!」
アダムの振ったかりかりばーは空気を切り裂くにとどまり、またしても火炎弾はかりかりばーをすり抜けてキャッチャーミットに収まった。
「哀れなり! あれだけ大口叩いておきながら、たったの一度も当てられぬとは」
女王竜の嘲笑に、アダムは下唇を噛んだ。何を言われても言い返せぬ。まさかあのような隠し球を持っていたとは……とアダムが諦めかけたそのとき、観客席から声援が飛んだ。部下たちである。
「アダム殿、信じてますぞ!」
「言いましたよね、俺たちを甲子園に連れて行ってくれるって!」
「大丈夫です、タネがわかれば打ち返せます!」
「ファイトー!」
アダムは滲む目をゴシゴシと擦った。
「お主ら……」
そして、女王竜に向き直る。
「私には頼もしい部下たちがいる。もう負けるわけにはいかぬ。さあ来い、お主の魔球を攻略してみせようぞ」
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