三 無理難題

 残った男たちは王城に向かって走る走る、石を蹴飛ばし草をかき分け、ひたすら王城目指して走っていく。とはいえそもそも王都中央広場から王城まではそこまで離れているわけでもなく、残った八十一人がしばらく走ると目の前にはもう王城がそびえ立っており、その門の前には屈強な衛兵が二人立ちはだかって睨みを効かせていた。この王城の大広間まで辿り着けば女王様と結婚できるのだ、という事実がアダム以外の男たちの心を熱く震えさせていたが、アダムは小指の先にできたさかむけが気になってそれどころではなかった。

「恐れ多くも女王様との結婚を望む者たちよ、ここを通りたくば我々の指示通りのものを献上するがよい。では、ここにいる八十一人それぞれに指示を出すから一列に並べ。先着三十人までが中に入ることを許そう」

 二人の衛兵が野太い声で叫んだ。男たちがわらわらと列を作る中、アダムは当然の如く最後尾に並び、もう帰らせてくれ入ることを許さないでくれ、と切実に願った。さて、この二人の衛兵は列を作って並ぶ男共に次々と指示を出していくのだが、この指示とやらが実に意味深もしくは矛盾したものだったので指示を受けた男たちは皆列を外れて途方に暮れるか、首を捻るか、頭を抱えてうんうん唸るばかりであった。

「尖ったものをもってこい」

「丸いものをもってこい」

 二人の衛兵がこのように言い渡すと、その哀れな結婚志願者は丸いのに尖っているという摩訶不思議な物体を見つけて衛兵に渡さねばならぬのだ。もちろん女王は男たちが頭を抱えている光景を上から眺めて陶然としていた。

「気味の悪いものをもってこい」

「魅力的なものをもってこい」

 衛兵の指示は続く。

「つるつるしたものをもってこい」

「ざらざらしたものをもってこい」

 次々と与えられる不可解な指示に、男たちは首を捻りつつもなんとか指示に沿ったものを探し出そうと躍起になり、せっかく王城前まで辿り着いたにも関わらず、引き返した挙句オカメ鳥の餌食になってしまった者も数名いた。ここではオカメ鳥の餌食になった、ではなくオカメ鳥になった、と表現するほうが相応しいのだが、無用の混乱を防ぐため敢えてオカメ鳥の餌食になった、と表記する。

 そしてとうとうアダムの番になった。

「甘いものをもってこい」

「苦いものをもってこい」

 さてさて、アダムは甘いのに苦いというものを衛兵に献上しなければならないのであった。これは難問である。甘くて辛いものならば大量に存在するし、甘くて酸っぱいものも同様に存在する。しかし、甘くて苦いものと言われても「甘苦い」などという表現は聞いたこともない。しかしながらそれを聞いたアダム、「ふむ」と一声発した後おもむろに近くの民家の扉を叩いた。どうやらアダムには答えがわかったらしいのである。


 アダムが民家の扉を叩き、住人と何事か交渉しているとき、隣国ではメメロスが王都に向かって全力疾走していた。このメメロス、国への忠義に満ち満ちた男であるがやや考えの足りないところがあり、金も何も持たずに身一つで王都まで行くというのは帰りのことも考えると普通なら考えもしないのであるが、いや、何も考えていないから考えもしなかったと言うべきか、そこはメメロス、頭にあるのは王都へ向かうことだけだったのである。尽きそうになる体力は国への熱い思いで底上げし、とうとう途中で力尽きて倒れこむも地面から湧き出た清水をひとくち掬って飲み、体力を回復したりという一幕もあったのだが、ついには一般人が徒歩で一日から二日かけて辿り着くはずの道のりを一時間半フラットで走りきり、トンガリ王国の王の前でただ一言「煙、見た、走った」と叫んで息を引き取った。

 実を言うとトンガリ王国の王城からもデップリ王国の煙が見えていたが、「気にするほどのことではない」と王が判断したのであり、残念ながらメメロスはまさに無駄足だったのだが、兎にも角にもメメロスは長い道のりを国のために走りきった英雄ということで国を挙げて葬儀が営まれることとなり、その数年後にはメメロスが走った距離、正確には四十二キロと百九十五メートルを走ってその記録を競うという競技がトンガリ王国で誕生することとなる。それは「マラソン」と呼ばれ、これはトンガリ王国の言葉で「徒労」を意味するのである。さて、メメロスの喪に服してトンガリ王国の国じゅうから弔意を表す狼煙が立ち上り、それを見たデップリ王国民ホメロスが「トンガリ王国が戦の準備を始めた」と勘違いして王城の女王様にそのことを伝えるべく王都への道を走り出したのであるが、これはまた別の物語。

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