旅立ち

一 夫選び

 かつて世界には混沌があり、神はそれを手で掬い上げると水とオカメ鳥の卵と、それから神がくしゃみしたことにより神の鼻水を加えてようく撹拌し、よく寝かせて発酵させたのちに地獄の大釜に放り込んでパンを焼いた。そのパンはみるみる膨らみ、そのパンの中で鼻水が化学反応を起こして人間とオカメ鳥が生まれた。神は人間を生み出すつもりなどなかったのだが、よくよく考えると自分の責任なので焼きあがったそのパンは食べずにとっておくことにして冷蔵庫の一番奥にしまいこみ、それ以降神は人間のことをすっかり忘れていた。

 さて、パンの中で生まれた人間はオカメ鳥と共存しつつパンの中で繁栄し、文明を築き上げた。これが俗に言うデタラメ文明であって、これは現時点で判明している最古の文明となる。その文明が滅びたのち、散り散りになったその子孫たちはパンの中に散らばってそれぞれが王国やら帝国やらを創り上げた。この時代をトンデモ時代といい、デタラメ文明との最も大きな違いはオカメ鳥を友としてではなく食料として扱ったことである。それ以降、人間とオカメ鳥は敵対関係となり、第四次人鳥戦争によって数多くの頭髪と羽毛が散った後、世界の西半分はオカメ鳥、東半分は人間のものとなってしまった。

 その世界の東半分では、現在九つの国が戦争をしたり裏切りあったり仲良くしたりしている。一番北にあるのがデップリ王国で、これはやや南東にあるトンガリ王国とは対立関係にあったものの、その向こうのシットリ帝国やマッタリ共和国とは比較的仲がよく、貿易なんかもしていたのであった。

 九つの国全てについて語るのは本末転倒と言わざるをえないため、ここでは省略する。

 さて、デップリ王国の国王マルマルフトッタ五世はそのとき大変焦っていた。世継ぎが生まれないのである。

「この原因が余にあるのか王妃にあるのか、王妃にあるのなら王妃を取り替えればよいがこの余に原因があるとすると、余を取り替えるしかないではないか、ううむ、これは困ったことになった」

 入浴中のマルマルフトッタ五世、ここで妙案を思いつき、一声叫ぶと風呂から躍り上がって駆け出そうとしたが、肥満体の悲しさよ、思ったよりも上がらなかった足が風呂の縁にひっかかり、倒れこみ、したたかに頭を打ち付けてしまった。

 これ以降、その妙案が何であったか語られることはなかった。マルマルフトッタ五世は頭を打ったことによって記憶喪失を起こし、鏡を見て「なぜ豚が宮中にいる」と叫んではそれ以降言語能力を失って豚小屋で暮らすようになってしまたからである。

 大変困ったのは王妃である。取り残された王妃は仕方なく自身が国王を名乗り、女王としてこの国に君臨することとなる。この王妃、実はまだ若々しく、それに加えて王の妃となるために施された教育の数々を貪欲に吸収したことによって、世襲制の丸々太った国王よりはるかに優れた政治を行うことができた。そのため国民からは「豚妃」の名で親しまれ、それがいたく気に入らなかった王妃は「その名を口にした者は即座に刻んでこねて豚の餌とする」という法令を作り上げ、国中に盗聴器を仕掛けて一人の奴隷に二十四時間監視、いや監聴にあたらせたが、その法令を恐れた国民はそれ以降一度もその名を口にすることはなく、奴隷は三日三晩国中の音声を聞き続けた挙句発狂して塔から飛び降りたという。

 この法令は「特例」と呼ばれ、一人の王は在任中に九つの特例を作ってもよいということも定められた。

 さて、世継ぎが生まれない原因がどちらにあったのかわからない以上、王妃は新しく夫を娶る必要があると考えた。そこで五つ目の特例を作り、国中に周知した。以下はその文言をそのままコピー&ペーストしたものであるが、これは学術論文などではないので盗作にも剽窃にもならないのである。わはは。


 特例第五条

 女王との結婚を望む者は、自身と結婚することによって女王ひいては王国にどのような利益を与えられるかについてパワーポイントでプレゼンテーション資料を作成の上、それをUSBに入れ、二ヶ月後、新緑の月の三日朝十時に王都中央広場に集まること。なお、平服でよい。


 これを見た独身の男共は我先にとリクルートスーツを買い求め、Windows派でない者は歯噛みしながらもパワーポイントをインストールした。それというのも、スーツ販売店が「平服と言われて平服で行くのは非常識キャンペーン」を開始したからである。そして二ヶ月の間に国中では離婚訴訟の数がなんと十倍以上に増え、夫に放り出されて街を徘徊する妻と、放り出そうとして失敗し、逆に鎖に繋がれた夫が至る所に見受けられた。この鎖は「カカア・テンカ」と呼ばれ、全国の商店で店頭に並べられた。その他悲喜こもごもの出来事が王国中で起こったのだが、そのようなことをいちいち語っていては本書の趣旨に反するので省略して話を進めよう。


 ここに一人の若者がいる。

 名をアダムといい、勘のいい読者にはもうお分かりのことと思うが、ゆくゆくはガニマタ王国初代国王となる人物である。しかし、現在の彼はまだ一介の若者に過ぎず、しかも独身であったので、親の命令を受けて仕方なくプレゼン資料を作成し、どうせ選ばれるわけがないと思っていたのでリクルートスーツは買わずに私服で面接に臨んだ。

 さて、二ヶ月後に広場に集まった男の数はおよそ数千人。正確には三千五百とんで七人なのだが、その中には六十過ぎやら十にも満たない少年も存在し、女王は年齢制限をつけるべきであったと歯噛みしたが後の祭りである。

 そこで女王は一声「平服で来いと言ったのにリクルートスーツで来た者は今すぐ立ち去れ」と叫び、三千五百とんで七人のうちリクルートスーツを着用していた三千二百五十三人は涙を飲んでその場を立ち去り、大挙してスーツ販売店に押しかけて店主を血祭りに上げようとしたが、それを見越していた店主はすでに店を捨てて売り上げだけを持って逃げ出しており、捕まえることは叶わなかった。アダムも歯噛みして、こんなことならリクルートスーツで来るのだったと地団駄踏んだ。

 三千二百五十三人とアダムが流した悔し涙で国中の川という川がやや塩辛くなり、淡水にしか住めない魚が次々に浮いてきたので男たちは全て忘れて川辺に集まり、魚を焼いては酒を飲み、おおいに楽しんだ。その煙は国中の川辺から立ち上り、それを目視したトンガリ王国民メメロスは、すわ、戦いの準備かと即座にトンガリ王国の首都へと御注進に飛び出したが、全力で走るメメロスの前に山賊が現れたり橋が流されていたりして、首都へと辿り着くのは容易ではなかったが、これはまた別の物語である。

 さて、アダムを含む二百五十四人は広場の中央に集められ、女王直々にとある指令を受けた。

「これより王城の大広間まで来てもらおう。私が夫に求めるのは体力知力忍耐力そして決断力行動力さらには夜のほうの能力」

 ここで一つ追記しておくが、女王は現在三十代後半であり、その見た目は美しく、まだまだ女としての魅力などついぞ衰えていなかったため、これを聞いた男たちは皆一様に何としても自分が夫となるのだという決意を胸の内で固めた。アダムは一刻も早く家に帰りたいと思っていた。彼は心に決めた女性こそおらぬものの、はっきり言って王座などには何の興味もなく、両親の顔を立ててここまで来ただけであったので、それを聞いてもやる気など湧き上がるどころかますます失われていくのみであった。

「大広間までの道のりは長く険しい。命を失っても構わぬ者だけが進むがよい」

 そう言い残すと女王は輿に乗り込んだ。

「出発は鐘が十二回打ち鳴らされた刻、つまり正午である。もちろんフライングは厳罰に処す」

 女王を乗せた輿は歩み去り、男たちは周囲の男を威嚇しつつもえっちらおっちらと準備体操に励んだ。

 アダムは空を眺めて過ごした。

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