ガニマタ王国史

紫水街(旧:水尾)

前書き

 物語というのは、一つであるか。

 否。

 物語というのは密接に絡み合い、複雑に関係し合っているものである。

 従って、物語が一つ成立したその裏にはもう一つの物語があり、ある物語が終わると同時に新たな物語が誕生する。ベッドで寝ている物語に物語が付き添い、やっとのことで生まれてきた物語を抱き上げて物語は微笑み、「おめでとうございます。元気な物語ですよ」の言葉に物語は歓声を上げ、腕に抱かれた物語は産声を上げ、「ねえ物語……実はこの物語の名前はもう決めてあるの。物語。この物語の名前は物語」というように、物語は際限なく生み出されるし、無限に続いていくのである。


 ここに一人の娘がいる。

 器量良しかと言われれば、道行く十人のうち八人はそうではないと答えるだろう。残りの二人はひどい近眼か、あるいは別の娘を見ていたかである。

 名をイヴといい、何の変哲もない両親から生まれて何の変哲もなく育ち、何の変哲もある人生を歩むことになるのであるが、今はまだそのことを知らない。ここで、そもそも物語の主人公というのは美男美女であって然るべきではないのかとちらりとでも考えた読者がいたら今すぐ風呂場で熱湯に頭を漬けて千八百二十一秒数えようとしてそのまま死んでしまえ。物語の主役になることが多いのは確かに美男美女だが、それらの人物は得てして生まれたときから人生が有利にはたらくものであり、美男美女に非ざるものは人間に非ずなどという思想を持つ傾向が強い。そうとも、顔によって人生のスタートラインは決まると言っても過言ではないと言っても言い過ぎではないと言っても過言ではない。

 物語は一つではないと冒頭で申し上げた。美男美女の物語も確かに存在するが、ここでまず最初に語るのは美女ではないイヴの物語。その人生を通して顔によって苦労することが大変多かったものの、それにも負けず幸せを掴み取った女性の物語である。しかし、イヴの物語は前座に過ぎぬ。

 これはガニマタ王国の建国から崩壊に至るまでを克明に書き記した書物である。では、なぜそれなのにイヴのことから語り始めるのか、と疑問に思ったのならそれは正常である。

 実はこのイヴ、ゆくゆくはガニマタ王国初代王妃となる存在なのである。しかし彼女はまだ、このことを知らない……。


 おっといけない、うっかり忘れるところだった。

 私は歴史を「語る」だけの存在であり、私の名前などどうでもいいが……一応の規則ということで、名乗っておこう。

 私はガニマタ王国王国史編纂係のウッカ・リーである。

 人は私のことを捻くれ者と呼ぶが、捻くれているのはどちらのほうか自分の胸に手を当てて聞いてみるがよい。きっと、捻くれているのはそちらの心であり、私のほうが何倍も純真で素敵なことに気付くであろう。反論は受け付けぬ。


 では、始めよう。

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