六 プレゼン2

「これより私の発表を始める」

 アダムのスライドがプロジェクターによって壁に映し出されたが、そのタイトルは『私アダムが女王と結婚した場合に女王ひいては王国に与えることのできるもの』というなんの変哲もないものであったため、他の男たちは各々が自分の勝ちを確信した。

「さて、私はここに至るまでに実に様々な苦難を乗り越えてきた。不運にも落とし穴に落ちた同胞、オカメ鳥と化した同胞の屍を文字通り乗り越え、やっと辿り着いた王城では不可解な指示を出され、それはもう苦難の連続だったのである」

 スライドが切り替わる。画面には『私アダムは知力体力精神力全てを兼ね備えた人材であり、特に物事の本質を見抜く目は他の追随を許さない』と表示されたが、これも白地に黒であったため、他の男たちはアダムのことをパワーポイントの機能も知らぬ大馬鹿だと嘲笑した。

「さて、この王城に辿り着いた私が目にしたものは一体何だったか。それは豪華絢爛な内装であり、王の見栄としか思えない場所に金を湯水のように遣うこの国の王の情けなさである」

 誰もが息を呑んだ。

「当代の女王に聞こう、この内装にするよう指示したのはあなたか」

 女王はただ一言「否」と応えた。

「ならばよし。しかし女王は愚か者である」

 再び誰もが息を呑んだ。女王だけが目に面白がっているような光を宿し、アダムにこう問いかけた。

「私は王城には最低限の金しかかけていないつもりである。その他の金は全て国民のために遣うよう指示しているが、それでも私が愚か者であるというならその理由を述べるがよい」

「なぜなら」

 アダムのスライドが切り替わる。画面には『王国内にて発生する様々な問題の大半は女王の元まで届かず消えていく。しかし一介の国民に過ぎない私だからこそ見抜ける真実があり、それを改善すればこの王国がより良いものとなることは疑う余地もない』と書かれていて、他の男たちは息を詰めてそれに見入った。

「維持費という問題は、女王よ、あなたの頭より欠落しているのではないか。真っ白な王城の外観は、近づいて見ても汚れ一つない。王城の壁の豪華な彫刻も、先ほど調べてみたところ埃一つ付いていなかった。これらは毎日の掃除の賜物であろう。それにかかる人件費を考えているのか。維持にかかる手間を考えているのか。そしてそこに垂れ下がる豪華なシャンデリアの中身、あの色調は白熱電球であろう。あのようなシャンデリアが王城内の至るところで熱と光を放っている。他にも言いたいことは山ほどあるが、女王よ、最低限の金しかかけていないと言ったが、それは現状維持での最低限であるのだ。真の最低限には程遠い」

 鐘が一回鳴った。

「例えば王城の壁を光触媒つまり酸化チタンにするだけでそれ以降の掃除回数は大幅に削減できる。内装のごてごてした装飾を取り払うだけで、壁の拭き掃除が楽になって効率が上がる。白熱電球を蛍光灯に変えるだけで電気代は減る。しかし、私が言いたいのはこのような些末なことではなくもっと本質的な問題であり、それは高みを目指すという姿勢である」

 スライドが切り替わる。『ここまでの発表で私の機転と見識が女王ひいては王国の利となることは明らかであろう』という文章が表示された。

「女王よ、無駄を無駄のままにとどめておくことは愚か者の為すことである。現状の政治にあまり不満はないが、しかし完璧とは言えないことは自身がもっとも理解しているところであろう。先代国王が豚となりて後、あなたはこの国を良くすることに尽力してきたのだろうし、無論そのことは重々承知している。しかし、現在のあなたは自分の政治に満足していることが窺える。これでは為政者として失格である。無駄を省いて今後一層国民の利となる政治を行うよう望む次第である」

 スライドが切り替わり、「これにて終了」と大きく映し出された。

「この通り、質素なスライドでも言わんとするところは伝わるのである。スライドの文体を工夫し、アニメーションを付け、枠を付ける。成る程素晴らしいことであるが、私のスライドと比べてどちらのほうが手間がかかっているのかは言わずとも知れたこと。では、これで私のプレゼンテーションは終了とする」

 鐘が二回鳴った。

「質疑応答に移るが、質問があれば手を挙げて発言せよ」

 誰も手を挙げなかったので、アダムはプロジェクターからUSBを抜き取って懐にいれ、席を立って元の場所に戻った。

「ではこれにて終了とする。選考の結果は三日後に中央広場の掲示板にて知らせるので、それまでは自由にしてよい。では解散」

 女王の言葉に男たちは三々五々出口へと歩いていった。アダムも喜び勇んで家に帰ろうとしたのだが、女王がそれを呼び止めた。

「そうそう、最後に発表した者は残れ」

 アダムは愕然とし、立ち止まった。やっと家に帰れるという歓喜は雲散霧消し、「愚か者はさすがに言い過ぎたか」という懸念がむくむくと湧き上がってきた。

 アダムは仕方なく踵を返して女王のもとまで行き、玉座を見上げたが女王の顔に怒りの色は感じられず、アダムは拍子抜けした。

「お主、アダムとか言ったな。今のプレゼンテーションで、我が夫となるに相応しい人物だと判断した。お主を私の婿に迎えよう」

「断る」

 アダムは即答した。

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