七 始まりの部下

 怒りに燃えるアダムたちが女王竜の背中に乗って中央広場の国旗掲揚台の前まで辿り着くと、そこは黒山の人だかりであった。

「トンガリ王国の民たちか」

 皆一様に痩せ細っており、アダムたちはそれを見て再び憤った。

「なんという姿よ」

 国旗掲揚台の前に降り立ち、アダムは集まっている群衆に向かって呼びかけた。

「トンガリ王国の民たちよ! 私は北の果て、ガニマタ王国の国王アダムである! 突然のことに驚いているだろうが、どうか聞いてくれ! ここに引っかかっている七人は、自分たちだけ大量の豪勢な食事を貪り、おぬしたちには粗食を強要していたのである! 食料を上層部だけで分け合うなど、もはや王、いや、人として恥ずべき振る舞いである! もはやこのような卑怯な上層部に従う必要は」

 ひゅん、と石が飛んできた。

 慌てて躱したアダムだが、目の前の群衆を見渡して愕然とする。全員が怒りに燃える目でアダムたちを睨みつけていたのだ。

「こんなに素晴らしい王様たちをあんな目に合わせやがって!」

「あいつらこそ卑怯だ!」

「磔刑だ!」

「石を投げろ!」

「王様を助けるのだ!」

 四方八方から石が飛んできた。

 女王竜が慌ててアダムたちを翼で覆い隠し、雨霰と飛んでくる石礫から守る。

「わーっはっはっは」

 掲揚台に引っかかった国王トンガリコーン十六世が高笑いした。

「国民どもは私の洗脳によって粗食を当然のこととして受け入れ、私たち上層部に対する熱烈な支持と尊敬を植えつけられている! そのまま石に打たれて死んでしまえい」

「おのれ……どこまで腐りきっているのだ、トンガリ王国上層部!」

 アダムは歯噛みしたが、飛んでくる石は刻一刻と激しさを増していき、迂闊に動くとたちまち飛礫の餌食となってしまう。しかもトンガリ王国軍までもが着々とアダムたちを取り囲みつつあり、もはや四面楚歌。女王の堅牢な鱗は石などでは傷つかぬが、トンガリ王国軍が所有する迫撃砲と地対空ミサイルはいくらなんでも防ぎきれぬ。完全に窮地に追い込まれてしまったアダムたち五人は、これまでか……と半ば諦めかけてしまった。

 そのとき。

「我らが主君が窮地に立っているようだ」

「さあ、これまでの遅れを取り戻し」

「アダム殿のお役に立てるよう尽力するのじゃあ」

 懐かしい声が響き渡った。

「……あの声はっ!」

 アダム以外の四人は知らぬはずであった。なぜなら、一番最初にアダムの部下となったが他の部下たちとは顔を合わせぬまま、自分たちの犯した罪を償うため、ひたすらにアイスィンクソウの駆除を行っていたからである。

「……待ち侘びたぞ、アン! ポン! タン!」

 巨大な袋をいくつも積んだ荷馬車に乗って颯爽と現れ、広場の中央に凛と立つ三人組。彼らこそ、のちに『始まりの部下』と呼ばれる三つ子の三兄弟、アンとポンとタンである。

「アダム殿、アイスィンクソウの駆除が終わりましたぞ」

「そして、駆除したアイスィンクソウは全てこちらに」

「今こそ使い時! アダム殿、息をお止めくださいませ!」

 アンポンタンはカチャリと防毒マスクを装着した。

 そして、荷馬車から散水ホースを引っ張り出し、アイスィンクソウの胞子を辺り一面に撒き散らし始める!

 突然現れたツギハギが勢いよく喋り出した。

「お久しぶりです、ツギハギです。アイスィンクソウは毒々しい赤色をしており、遠目にもわかりやすい。これは大変に危険な草であり、この草から出る胞子を吸ってしまうと、その後二日間は人の言うことに全て同意し『I think so』としか返答できなくなり、相手の言うことには無条件で従ってしまうのである。何に対しても反対ができなくなるので、この草は自白剤などに加工され、悪人たちに重宝されている。うまく使えばこのように、主君を助けることもできるわけですな。……最近出番がないので悲しくて悲しくて、とうとうここまで出張してきましたぞ。国内の統治は順調なのでアダム殿も安心してデップリ王国を取り戻してきてください」

 そして消えた。

 アダムたちが呆然としているうちに、胞子は広場に充満していき、トンガリ王国の住民も王国軍も皆胞子を吸ってしまった。

 充満していた胞子があらかた消えた頃、アンが声を張り上げる。

「さあトンガリ王国民よ、家に帰ったほうがよいぞ」

 広場の全員が唱和した。

「I think so」

 そして三々五々、家に帰り始めた。広場からトンガリ王国民の姿が消えた後、ポンが声を張り上げる。

「トンガリ王国軍よ、武器を片付けておとなしく戻ったほうがよいと思うぞ」

 軍人たちが一斉に唱和した。

「I think so」

 そして、迫撃砲と地対空ミサイルを持って撤退を始めた。とうとう広場にアダムたちと上層部以外の姿がなくなったあと、タンが声を張り上げる。

「上層部よ、自分たちの罪を認めたほうがよいと思うぞ」

「I think so」

 掲揚台の七人は、声を揃えて呟いた。

 こうして、アダムたちは窮地を脱したのである。

 アダムと三兄弟は再会を喜び合い、アダムは部下たちにアンポンタンを紹介した。

 八人に増えたアダムたち一行によるデップリ王国奪還作戦も、とうとう最終局面へと移る。

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