十六 夫婦の契り

 アダムは多才な子供であった。生まれた瞬間に東西南北に七歩ずつ歩き、天と地を指差して「焼肉定食割引価格」と言ったと伝えられている。それからというもの、異常なまでの成長の早さで一歳になるまでには這い這いどころか立ち上がって歩き、ついには走り、二歳になる頃にはクロール、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎまでマスターしてしまった。三歳になるまでに乳離れして言葉を十ヶ国語ほど覚え、四歳の頃にはもうそこらの大人では話し相手にならぬほどであった。こうしてアダムは神童などともてはやされたが、当の両親は気味悪がってアダムを育てるのを拒否するようになり、食事だけ与えてあとは放置しておいたが、神童の悲しさよ、勝手に本を読み耽り、大学教授のもとへ指導を受けに行き、プロの投げ槍選手に教えを請うたりして、アダムは心体共にぐんぐん成長していった。やがて大人になったアダムはどんな賢人も敵わぬほどの知恵と知識、どんなアスリートでも敵わぬほどの肉体を手に入れていたが、それはアダムの人生を豊かにするどころか一層空虚なものとした。アダムには相手がいなかった。話し相手も、遊び相手もいなかった。皆、アダムを避けていた。こうしてアダムは無気力になり、家に閉じこもって思索をめぐらして過ごすようになった。

 女王が夫を募集し始めたのは、ちょうどこの頃である。アダムの両親は、今まで育ててやった恩があるだろうと言ってアダムに迫り、アダムにプレゼンテーションをさせるべく家から追い出したのだ。これで邪魔な子供を家から追い出せるし、もしも女王の夫に選ばれたならその生みの親として甘い汁を吸うことができる、という思惑も、アダムにははっきりと伝わってきた。

 アダムはこれらを思い出し、目の前の娘を見た。

 ああ、遊んで、語って、人と打ち解けるとは、こんなにも素晴らしいことだったのか、私と同じ目線で接してくれる人がいるとはこんなにも嬉しいことなのかと、そのことに気づいたアダムは姿勢を正し、イヴの手を握った。

「改めて言おう。イヴさん、私の妻となってくれ」

 イヴは頷いた。

「はい。不束者ですが、よろしくお願いいたします」

 こうしてアダムとイヴは結ばれた。

 アンポンタンは「めでたいめでたい」と叫びながら踊り狂い、その後「さあ、アイスィンクソウの駆除に戻るぞ」と叫んで一斉に駆け出していった。

 イヴは住んでいる小屋に置いていた私物をまとめ、野菜の交換のときに「これからはもう交換ができない」ことをオカメ鳥たちに伝えた。その間にアダムは馬を飛ばし、ツギハギ邸から荷馬車の荷台を持って戻ってくるとイヴの私物を放り込み、引越しの準備を整えた。そして三日後、イヴは住み慣れた山奥を離れ、アダムと共にアダムの部下たりうる者を探す旅に出たのであった。


 その頃、女王の命を受けた部下はアダムを捕らえるために育てていた藁を収穫していた。収穫が終われば立派な縄ができる。それがあればアダムとやらが逃げることは不可能である。そう考えた部下はせっせと藁を刈り取った。

 その間、女王はアダム捜索が一向に進まないのでますます不機嫌になり、ますます奴隷に当たり散らした。女王の側を通り過ぎたというだけでシャンデリアの上に乗せられ、降りることを許されず、とうとうそこで餓死した奴隷が二人。一週間前と同じ献立を出したという理由で一日中タマタマネギを刻み続けることを命じられ、涙を流しすぎて干からびた奴隷が一人。ただそこにいたという理由でオカメ鳥の群れの中に放り込まれた奴隷が三人。とうとう逃亡する奴隷まで現れ、奴隷の数が足りなくなってしまい、城は荒れ始めた。


 それに目を付けていたのが隣のトンガリ王国の王、トンガリコーン十六世であった。

「現在、我が国の隣にあるかもしれないデップリ王国は無能かもしれない女王の手によってあまりよろしくない治世が行われているかもしれない。そこで、この絶好かもしれない好機にあのデップリ王国の広いかもしれない領土の一部を頂戴できるかもしれないと私は思うかもしれないが、皆の者はどう思うかもしれない」

 慎重派の国王に、重臣たちは意見を表明した。

「王よ、これこそが千載一遇かもしれない好機であるかもしれません。今こそ軍隊を動かし、デップリ王国の弱体化に拍車をかけるべきかもしれません」

「わかったかもしれない。我が軍の精鋭かもしれない部隊を呼び、デップリ王国への潜入調査を命じたほうがいいかもしれない」

 こうしてトンガリ王国中から優秀かもしれない人物が集められ、デップリ王国への潜入調査が行われるかもしれないこととなったが、軍隊としての規律や規則を教え込まないといけないかもしれないので、実際の潜入はおよそ一ヶ月後になるかもしれなかった。

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