第18話

 岡山駅で父親は、何度も何度も頭を下げ数太を引き取った。数太は父親の車に乗せられた。数太の意識は戻り切っていなかった。ボーっと、フロントガラスの向こうを見ていた。

「数太。お前、どこに行こうとしとったんじゃあ?」

ハンドルを握る父親が尋ねた。数太は首を捻った。父親はバックミラーで助手席の数太を見た。表情がなかった。目が据わっていた。

「東京に戻ろうとしたんか?」

(確かオレは、夢の中で自分の目を擦った。夢はそこから始まった)と、数太は今朝見た夢を思い出した。

擦ってぼやけた目の前に竹藪が現れた。

黒い羽根のトンボがスイスイ飛んでいた。

ヨコにナナメに群れて飛ぶトンボの中を、笹の葉がクルクル旋回しながら散っていた。

それは雨のようだった。

藪の中に1本の道があった。

数太は道が危険だと知っていた。

道に引き込まれてはいけないと思った。

「笹の葉っぱが、フワフワ浮いとったんじゃあ」と数太は言葉にした。

「笹?」と父親は繰り返した。

「笹の葉が、ぎょうさん散っとったんじゃけど、道の向こうの方は、その笹の葉がフワフワ浮いとったんじゃあ。蝶が群がって飛んどるようじゃった」

父親は右目を捩った。

「道の先に行ったらいけんと思とたんじゃけど、何で笹の葉がフワフワ飛んどるか見とうなって……。それにトンボがせっついて来たんじゃ」

「トンボがせっついた?」

「ほん。トンボに背中をせっつかれたけん、道を先に行ったんじゃあ。ちょっとだけじゃったら、ええじゃろうと思おてなぁ。それでなぁ、何で、笹の葉がフワフワ飛んどるのか分かったんじゃ」

父親はバックミラーに視線を流した。

「道の両側になぁ、白い花が列になって咲いとって、その花が、散ってくる笹の葉に、息をフーフー吹いて遊んどったんじゃあ。じゃけん、笹の葉は地面に落ちてこんで、フワフワ浮いとったんじゃあ」

数太は、また思い出した。

その笹の葉の1枚が、船のような恰好で、1羽の小さなウサギを乗せて、宙をゆらゆら揺れていた事を。そのウサギはチェックのベストを着ていて、黄色い花を咥えていた事も思い出した。ウサギを乗せた笹は白い花の息に送られて、前に前に漂い始めた。数太はそれを追った。道を進んではいけない事を、数太はその瞬間、忘れていた。すると突然、自動改札機のドアーが数太の腿を打った。

「笹に乗ったウサギが、落ちなんだらええじゃけど……」

「数太。しっかりせい!」父親が怒鳴った。

数太は「しっかりせい」と怒鳴られてハッとした。ハッとして意識がハッキリした。ハッキリすると、この2日間の事が整理出来ない自分にギョッとした。今こうして父親の車の中にいる自分も、外から他人を覗いているようだった。動いたスマホの画像と、自分の傷を縫う女の事は明確に覚えていた。それを思い出すと背筋がゾクッと毛羽だった。思い出すのは怖かった。だから夢か寝惚けのせいにしたかった。ただ見たものはリアル過ぎた。

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