第11話

 リョウのステージ衣装は白色で統一する事にした。丁度、専門学校で、ジーンズの縫製に関するカリキュラムがあった。数太は原宿の古着屋でタイトなホワイトジーンズを買い、それを分解した。一通りの研究が終わると、バラバラのパーツを銀色のラメ糸で組み立てなおした。組み立ててから、ジーンズを短パンにした。裾は切りっぱなしのフリンジ仕上げにした。パンツが出来上がると上着に取り掛かった。まずポリエステルサテンを買って来て、シャツの型紙でカットした。数太はシャツ類を作るのが得意だった。素肌にシャツを前開きで羽織らせようと思った。

(リョウさんの自慢のタトゥーがこれでよく見える)と生地を切りながら一人笑った。シャツも銀のラメ糸で縫いあげる事にした。

 リョウのステージ衣装が完成間近な頃、希翔が数太の部屋に泊まりに来た。希翔のマンションで耐震工事があり、梁を強化するため、隣の部屋との壁に、大きな穴を開けなければならなくなったらしいのだ。

「ただでさえ狭い部屋に工具が散乱していてさぁ、エアコンかけたら、ホコリが舞って、とてもじゃないけど、あれじゃあ寝れないよ」と、希翔はコンビニで買ってきた弁当を食べながら言った。

「2・3日ぐらいは、泊まってもいいぜ」

「ああ、それはない。今日1晩泊めてもらったら、明日の昼前には壁も閉じられるって言っていたから。なぁ、ココア!」

ココアとは希翔の飼い猫だ。希翔が保護猫センターからもらった三毛猫だった。

「ココア。どうして食べないんだ?」

希翔はキャットフードの缶を、縮こまったココアの前に滑らせた。

「慣れないところだから、緊張しているんじゃあないのか」

「ウチ以外に出したことがないからなぁ。ビックリしてんのかなぁ……」

ココアはペットキャリーに入れられて連れて来られた。数太の部屋に出された時、床の匂いを嗅ぎながら、あちこちをうろついていた。が唐突に、ミシンの横の壁の方を『シャー』と威嚇した。それからずっと、ココアはその壁を睨んで震えていた。

「あの」と数太は顎で指し、

「隅っこの壁が気になっているみたいだな」と弁当の厚焼き玉子を口に運んだ。

「壁と言うよりあのトルソーが気になっているんじゃあないのか」

確かにそこにはトルソーがあった。

「気になっていると言うか、怖がっているな。へんなヤツ」

2人は笑った。

「それであれかよ。オマエのバイトの先輩ってのが、ステージで着る衣装ってヤツは?」

希翔はミシンの上の縫いかけのポリエステルサテンを箸で指した。

「ああ、そうだよ。もうちょっとで完成だ。ライブは、明後日なんだよ、ああそうだ。希翔も来ないか?」

「ライブか……」

「ああ」

「どんなヤツをやるんだ?」

「ヘビメタ」

「ヘビメタかぁ。オレ、遠慮するっかなぁ……」

「音楽聴くと思わないで、オレの作った衣装を見に来る感じで、来いよ」

「ああ、まあ、それだったら、いいよ」

「そうか!」

数太はココアを撫ぜようと手を出した。ココアは肩をすくめて数太を睨み、『シャー』と威嚇してきた。

 その夜、数太は妙な夢を見た。陳腐で安っぽいドラマのような夢だった。夢のセットは、いかにも賃貸といった地味な部屋だった。そこで1人の女がミシンをかけていた。ベビー服のようなものに、チェックのベストを着たウサギのアップリケを縫い付けていた。嬉しそうだった。だがしんどそうだった。それもその筈、女は身重だった。突然、女の背後の襖が乱暴に開かれた。女は振り向いた。そこに男がいた。ニッカポッカを履いていた。建築関係の仕事をしているようだった。男の横にまた違う女がいた。その女は男にしなだれ掛かり、ミシンをかけている女に皮肉な笑いを投げていた。ミシンをかけていた女は怯えた表情で立ち上がり、トルソーの影に隠れた。男は部屋に入って何か怒鳴った。怒鳴ってトルソーを蹴倒し、脅える女の手を掴みその場に押し倒した。また男が怒鳴った。襖の外の女は高笑いをした。怯える女は自分の腹部を守るように身体を曲げた。男は真っ赤な顔をして、その女の腹を何度も足蹴りした。

「やめて。やめて。やめて」と女は涙を流して叫んだ。男はやめず、口を大きく開き顔をゆがめて怒鳴りちらした。男の声は聞こえなかった。襖の外の女は口に手をあてて、修羅場を眺めていた。その顔は面白がっているようだった。数太は足蹴りされる女を助けようと身体を動かした。しかし身体は動かなかった。それもそうだ。その場面のどこにも数太はいないのだ。気ばかりが焦った。やがて女は、ぐったりとなった。男はそれでも足蹴りをやめなかった。数太は声を上げようとした。声にならなかった。汗が出て来た。なんとか男を止めなければ。数太は、喉を擦り潰すようにして、

「やめろ!」と叫んだ。

「数太」それは希翔のくぐもった声だった。

「夢かぁ……」

外は明るくなっていた。

「嫌な夢でも見たのか?」

希翔はソファーに寝そべりココアを撫ぜていた。

「ああ、変な夢を見た」

「そうか」と希翔は言って半身を起こし、

「オレも変な夢を見た」と言った。希翔はあきらかに睡眠不足の目をしていた。そしてココアを抱きかかえると、その夢の話をし始めた。

「昨日(きのう)、電車が急ブレーキをかけるような音がしてさぁ。それで目を開けたら、ここが電車の中でさぁ」

「ここが、電車の中かぁ?」

「夢だからな」

「ああ」

「っでさぁ、電車はどっかの鉄橋を走っていてさぁ。オレ、椅子に座って、こんな風にココアを撫ぜながら、外の景色を見ていたんだ。夢の中でも、ココアがオレの膝の上で、スゲエ震えているんだ。オレ、『ココア、電車、怖いのか?』って聞いても、ココアは耳も動ごかさず、何かをずっと睨んで震えていたんだ。っでなぁ、オレ、何を怖がってんだろうと、ココアが睨んでいる先を見たんだ。それが向かいの席でさぁ、そこで数太、オマエが、どこかの女に膝枕してもらって寝ていたんだ」

「どんな女だった?」

数太は、リョウが女を紹介してくれると約束した事を思い出した。

「それが、よく分からないだ。髪に顔が隠れていてなぁ……。膝の上の数太の方をじっと見て、オマエの髪を撫ぜていた」

「いい女だったか?」

「そう言うことにしとくか」

「それで?」

「オレ、なに数太、だらしない恰好してんだと思って、立ち上がったんだ」

「オイ、邪魔すんなよなぁ」

「そしたらな、電車が『ガクン』と揺れてなぁ」

「おお」

「揺れた拍子にな、オマエの髪を撫ぜていた女の手首がな、『ポロッ』と外れてな、電車の床に転がったんだ」

「女の手首が外れた?」

「だからぁ、夢っつうの!」

「ああ、そうか。それで?」

「オマエがな、その手首を拾いにいった」

「それで?」

「そこで目が覚めたんだよ」

「にしてもさぁ、何で手首なんだよ」

数太は少し反抗的な言いようをした。頭に自殺現場の画像が過ったのだ。

「知らねし、んンなこと」

希翔は肩を窄めた。

(希翔にはあの画像、見せていないよなぁ。千切れた手首の話もしていないよな。手首が外れたかぁ……)

数太はちょっと気になった。が、(まあ、夢だからな)と自分に言い聞かせた。

ココアは撫ぜられながら、まだ震えていた。

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