第15話

 数太はスマホで夢遊病について調べた。

『夢遊病』、正確には『睡眠時遊行症』は、深い眠りのノンレム睡眠状態で起きるものらしい。ノンレム睡眠中の脳は眠っているが、身体機能は覚醒している。そのため遊行者は、扉を開けたり、階段を降りたり、洋服を着替える事さえ出来ると書いてあった。事実、数太はあの夜、部屋着から外出着に着替えていた。遊行中の意識はないらしい。数太も意識が戻った時、と言ってもハッキリとした意識はなかなか戻らなかったが、代田橋駅までどうやって移動したのか、全く覚えていなかった。とにかく意識が戻った時、突然目の前を猛スピードで準特急が走り抜けた。何が何やら分からず、驚きさえしなかった。『睡眠時遊行症』は、ストレスや睡眠障害、あるいは過度のアルコールが原因で起こるらしい。ただ数太は、ストレスにも睡眠障害にも縁がなく、あの晩アルコールは飲んでいなかった。治療方法は、精神科で睡眠中の脳波や筋肉の動きをポリソムノグラフィで分析し、その結果次第で、抗不安薬や抗てんかん薬が処方されることが一般的らしい。ただ通常は、睡眠時間や生活リズムの改善で自然治癒を促す場合が多いと書かれていた。重篤な病気ではないので、過度な心配は無用とも記してあった。アメリカの精神学会の報告では、成人の30%が睡眠遊行経験あるとデータを上げていた。

(30%? オレの近くで、夢遊病に罹ったなんて言う話は、聞いたことないけどなぁ~。まあ、でも、そんなに心配することはないかぁ~)

数太は、更に調べてみた。調べて少し不安になった。それは遊行による危険性である。意識がないままでの、高所からの落下、車などとの接触などが、危険事例として上げられていた。

(そりゃあ、そうだよなぁ。オレだって、寸前で電車と接触するところだったもんなぁ。あの自殺した女と同じように……)とそこまで考えて、

「あっ、そう言うことかぁ」と声を出した。

(オレ、あの女が飛び降りた5号車の1番ドアーの場所で、肩捕まれたんだよなぁ)

あの日、「やめろ!」と肩を掴んでくれた見知らぬ男は間髪入れず、「早まるな!」と続けた。数太は周りを見渡してから、足元を見た。5号車の1番ドアーが停まる位置に立っていた。

(そうか、オレの意識の中で、あの自殺現場に行き合せたことが、ストレスになっていたんだ。前に、スマホをつついていたら、チラッと自殺現場の幻影が見えたことあるけど、あれもストレスからだったんだ。オレ、だから無意識のうちに、あの女が飛び込んだ5号車の1番ドアーの場所に、行ってしまったんだぁ)

数太は、夢遊病の原因をそう自己解釈した。そして肘をテーブルにつくと、唇を尖らせ顎を乗せた。

(これ、ヤバいなあ~。再発するんだろうか?)

数太は『夢遊病』『再発』で検索を始めた。再発は稀と書いてあった。

(再発は稀だったとしても、ヤバいなぁ~。希翔にしばらく泊りに来てもらうか。いや、それは意味ないな。また起きるかどうか分からないものに、希翔を付き合わせていても、キリないからなぁ。それより、玄関ドアーとベランダのサッシを、簡単には開けられないように工夫をした方が、賢明だなぁ。面倒臭いけど、万が一ってことあるからなぁ。養生テープで、玄関ややサッシが簡単に開けられないようにしよう)

数太は、思いついたその足で財布を握り、ホームセンターに行った。

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