第8話
誕生日から一週間が過ぎた。玲奈に繰り返しラインを送った。既読にならなかった。電話もした。出てくれなかった。
あの夜、ハイヒールの踵を潰したまま、玄関で振り返った玲奈の目は、悲しそうだった。そう見えた事が数太の救いだった。一人で部屋に残された数太は、半信半疑で幽霊の実験をした。まず部屋を暗くして気配を伺った。変わった気配はなかった。ベッドに入り寝たふりをした。寝たふりをして唐突に目を開いてみた。静まり返った暗い部屋が見えるだけだった。深夜に起き出し、洗面所の鏡の前に立ってみた。疲れた数太が映っているだけだった。
(玲奈。何が出たと言うんだよ~)
数太は顔を洗って、不意打ちにまた鏡を覗いた。濡れた数太が映った。それでもと、鏡の隅から隅まで見続けた。何も出て来なかった。
(玲奈。何が見えたと言うんだよ~)
忍び足でリビングに近づき、騙し打ちのようにパッと戸を引いた。静まり返った暗い部屋に変化はなかった。
あれから一週間、部屋に何の異常もなかった。数太は玲奈を勤め先で待ち伏せしようかとも思った。しかし、やがて、数太はこう考えるようになっていた。
(ひょっとすると、玲奈は幽霊騒ぎをして、オレとの関係にピリオドを打とうとしたのかなぁ……。結婚に焦っていたし、オレを結婚相手だなんて、鼻から思っていなかっただろうし……。だからと言って、オレが別れないと言い張ると察していただろうし、これと言った別れる理由はないし、理由もなくて別れるのは、玲奈が一方的に悪者になるだけだし……)
数太は唇をキュッと絞った。
(傷つきたくないのは、お互い様だけど、幽霊騒動はないよなぁ~)
数太は割り切ろうとした。簡単にはいかなかった。
(明日、やっぱ、勤め先で待ち伏せしてみるか……。まさか、他の男が出来たとか……)
そう思った時、玲奈からのラインがあった。数太はあわててスマホを手にした。
『返事遅れてごめんなさい』
玲奈のラインは、長くはなかった。
『やっぱり無理なの。何度も考えたけど、無理。六本木で撮った写真を見て。見てもらったら分かるわ。だから私を悪く思わないで。誰かに相談をして。とてもじゃないけど、わたしは相談相手にはなれないのよ』
写真とは、誕生日に六本木の発酵肉のステーキ店で撮ったものだ。バースディーケーキを前に、店のスタッフに数太のスマホで撮ってもらった。玲奈とはラインのアルバムでその場で共有していた。ラインのアルバムを開いた。3枚あった。2人はピースサインをして笑っていた。スマホのアプリの画像も見た。ラインのアルバムと同じものだ。特に肩や頭の後は入念に見た。
『玲奈。何も見えないよ。何も映っていない。何枚目に、何が映っているの?』
数太はラインを送った。玲奈はなかなか既読にしてくれなかった。待ちきれない数太はまたラインのアルバムを確認し始めた。どう見ても何の異常も無かった。玲奈の怯えた顔を思い出した。
(歯の根が合わないとは、よく言ったものだなあ。別れるための演技にしちゃあ、迫真だったよなあ)
まだ既読になっていなかった。コンビニに夜食の弁当を買いに行こうと思った。6月のコンペに出品する服の仕上げをするためだ。立ち上がった時にラインがあった。数太は驚いて座り込みラインを開いた。
『数太君、冗談でしょう。何枚目って、3枚とも全部。数太君の脇の下から、ちぎれた手首が覗いているじゃない。文章にするのも怖いの』
(んlなぁバカな! そんなもん、オレが見逃すかよ。同(おんな)じアルバムを覗いているんだぜ)
数太はライン電話をタップした。玲奈は電話に出なかった。しばらくして玲奈から、
『これ以上は無理だわ。わたしも辛い。本当に辛い。数太君、辛い』とラインがあった。ラインがあったすぐ後、
『山口玲奈さんが退出しました』と表示された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます