第9話
6月の服飾学院のデザインコンペで、ベスト3には選ばれなかったが、学院長賞を獲った。
(2年続けてベスト3はないよなぁ~。デッキレースみたいなもんだからなぁ~)とは、数太の負け惜しみだった。数太は、玲奈との別れを異常に細かい手作業をする事で紛らわせた。ポリエステルのフワッとしたターコイズブルーのブラウススーツに、ピンクの糸で『籠目』の刺し子をしたのだ。学院長賞は、つまりは根気賞だった。
(コンペがなかったら、オレ何をしでかしたか、分からなかったよなぁ……)
初めてフラれ、プライドを傷つけられた事は、痛かった。
数太は、容姿に関して言えば人並み以上だと、自他ともに認めていた。ちょっと甘えたがりの頼りなさもあったが、子供の時から女子受けはよかった。女子に面白半分、真面目半分のちょっかいを出すのも上手だった。母親に言わせれば、それは父譲りの天分らしかった。
だからと言って、数太はその方面に優っていた訳ではなかった。数太の最初の女は、高校の同級生だった。中学も同じだった。高校1年の夏に童貞を捨てた。2番目の女は、隣町から数太の高校に通っていたコだった。母親がスナックのママだった。2番目のコは思わせタップリに数太に近づいて来た。数太は悩み抜いて、最初のコを捨てた。
(別れる理由に、親を使ったっけ)と当時の嘘を思い出した。
2番目のコとは高校卒業まで付き合った。付き合ったが、数太が東京に出て自然消滅になった。玲奈は3番目に知った女だった。年上の玲奈は数太を夢中にさせた。その玲奈に別れを告げられて、1か月以上経っていた。経っていたがまだ割り切れていなかった。
コンペの服作りに集中していた頃、辛さの背後にひとつの気がかりがあった。それは玲奈のラインの『ちぎれた手首』の事だった。残したままのラインのアルバムは何度も見直した。見直したが、どう見ても半透明な手の影さえなかった。
(ちぎれた手首かぁ~)
数太は自殺現場のあの画像を覚えていた。だから引っかかっていたのだ。バスの中で画像を見た時は、ちぎれた右手首は転がっていた。それがリョウに指摘されて見たら、左手に掴まれているように見えた。掴むも掴まれるも変だが、あんな明確な見間違えをしたのも変だった。
(見間違えていなかったとしたら、これはタダ事じゃあないけど……、そんな馬鹿なことはないし……)
数太は振替バスに揺られながら、コソコソ画像を覗き見した時の状況を思い出した。
(揺れてたし、混んでたし……。うーん。見間違い、いや思い込みって言うのもあるしなあ~)
自殺現場に居合わせた話は玲奈にしていなかった。当然、手首を掴む掴まれるの話など、おくびにも出ていなかった。つまり自殺した女の『ちぎれた手首』は、玲奈の作り話の材料にはならなかった。
(オカルトのウソ話には、青白い顔が覗いているとか、肩に手がかかっているとかが定番だし、青白い顔だとか肩に手が…、ってラインされたとしても、やっぱし自殺現場の画像に結びつくし……。ラインの『ちぎれた』も『手首』も、しょせん定番の延長だろうしなぁ~。もういい加減、玲奈のことは忘れないと……)
数太はスマホの音楽アプリを開いた。ライブラリーから星野源の『生まれ変わり』をタップした。それは、思いっきり切ない失恋の曲だった。
(悲しい時は、悲しい曲を聴いて、それで少しやけくそになって……)
やがてHomePodから、
『♪前を 前を向いたまま~』の最後のフレーズが流れた。数太は、そのフレーズを聴きながら、玲奈とのライントークを削除した。
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