第3話
数太が教室のドアーを遠慮がちに開いたのは、グレーディングの授業の終わる30分前だった。机の間を歩いていた教師が振り向き、事情は聞いている早く席につけと目で合図した。数太は、CADのパソコンが並んだ教室を見渡した。希翔の隣は空いていた。
「参ったよ。目の前だぜ、目の前で飛び込み。何(なん)かさぁ。人が飛び込むっていうの、急に、視界から人がパッと消えたって感じなんだぜ。あっと思った時には、目の前に死体があってさぁ」
パソコンを立ち上げながら、小さな声で希翔に言った。
「マジかよ。マジにそんな現場に居合わせたって、言いたいわけ?」
「って言うかさぁ、オマワリから、いろんなこと聞かれてさぁ。オレが関係あるんじゃあないかって、疑ってかかるような口ぶりでさぁ。昨日は何していた、今朝は何していたって。身元も根掘り葉掘りでさぁ」
「災難だったなぁ」
「ああ。昼飯食った後だったから、よかったよ。スゲェのなんのって」
「見たのかよ」
「目の前だぜ。それも、電車が停まったのが、オレのすぐ足元。最悪。ったく、ツイてねぇよなぁ」
「よく見たなぁ……」
「いやおうなしに視界に入ってくるさ」
数太はウソを言った。
「女かよ」
「えっ?」
「だから、飛び込んだの、女かって?」
「ああ、そう。女だった。それがさぁ、その女が飛び込む瞬間に、オレの方を見てさぁ、目と目が合っちまったんだけど、それが、スゲエ美人」
「はぁ?」
「だから、スゲェ美人でさあ。自殺するなんて、何があったのかねぇ」
「5月だからさぁ。色々あったんだろうよ」
「まあな」
「希翔、見てみるか?」
「何を?」
「だからさあ、自殺の現場」
「現場に行くってかぁ?」
「違う違う。画像だよ」
「数太、撮ったのかよ!」
数太は頷いた。
「スマホでかよ」
また頷いた。
「いいよオレ。オマエ、正気か? そんなの撮ってさぁ~」
数太は、希翔の嫌がる反応に肩をすくめた。数太は、例えば戦争の殺戮の現場画像なども、淡々と客観視できた。いや、むしろ見たがる傾向があった。猟奇(りょうき)趣味があった訳ではない。人一倍、好奇心が強かっただけだ。
授業は終わった。
「ところでさぁ」と希翔が言った。
「オマエが送って来たあのライン、何だ?」
「えっ?」
「だから、オマエが最初に送って来たラインのこと」
「電車が止まったって、だから、先生に遅れるって伝えて欲しいって、ラインした件?」
「これがかよ」と言って希翔が見せたラインは、『―るぬめらき#.Pふさ$+@/ルり…“&~^Rモデ///』となっていた。
「はぁ? 何だこれ?」
「おいおい、何だこれは、オレのセリフだよ」
「オレ、こんなライン送ってねぇし」と数太は言って、自分のラインを希翔に見せた。
「なぁ。ちゃんと、『事故で、電車が止まってさぁ。遅れるって先生に伝えて。よろしく』って、なっているだろ?」
「本当だ。文字化けしたのかよ。でも、ラインの文字化けって、聞いたことないけどなぁ。
数太。ライン、乗っ取られていねぇ?」
「乗っ取りって、確か、あれだろ。他人のパスワード使って成りすまして、勝手な文章を送るヤツだろ?」
「ああ」
「乗っ取りで、文字化けさせるって聞いた事ないぜ」
「しっかしよぉ、パスワード変えた方がよくねぇ?」
「まあなぁ……」
数太は軽く流した。
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