敵国最強の女将軍が恋愛弱者すぎる~手を握るだけで告白してくるってどういうこと!?と思ったら初恋が俺らしい~
起野筆昇
第一章 殺意が恋に代わる時
第1話 青年と将軍
つば競り合った刃と刃が、男女の喉元に肉薄した。
帝都大闘技場を埋め尽くした五万の大歓声が、ぴたり、とやんだ。
三十九回の『
男女、体格のいい青年と軍服の女性――は共に、敵の殺害にすべてを注いでいた。
「頼む、死んでくれ、将軍……!」
青年――ベルナルドは喉を震わせながら言った。
「死ぬのは貴様だ。野蛮人が……!」
軍服の女性――デスイエロ将軍も圧のある声で返す。
将軍の長剣に、炎が宿った。
あまりの高温に赤熱した刀身は、見えざる手に引き延ばされるように、切っ先を青年の首筋へと近付けてくる。
デスイエロ将軍の力、炎を操る力だ。
だが、 突如足元から氷の壁がせり上がると、燃える剣はそれに阻まれた。
青年は氷を操る力を持っていたのだ。
将軍が舌打ちと共に手を引こうとしたとき、その体勢が崩れる。
「くっ……!? 小癪な真似を……」
将軍の手首から先が、氷の壁に埋まっていた。
結果動けず、足止めに成功していたのだ。
「――もらった!」
ベルナルドは敵の背後に回り込んだ。
青髪の間にのぞく白いうなじ。
そこに氷の剣を突き立て、念願の将軍殺しを果たす。
氷の壁が爆炎に破壊され、将軍が自由の身になった。
しかし、まだ反撃できる体勢になく彼に背を向けたままだ。
俺の方が速い、勝った。
そう確信したベルナルドは――何かに貫かれ、何かを貫いた。
そして勝敗を知るより先に、意識が途切れた。
◇
控室に担ぎ込まれたベルナルドは、がっくりとうなだれた。
「引き分け……。三十九戦三十九敗、か」
帝国人の医者は包帯と消毒液だけを投げてよこし、そそくさと出て行った。
残された青年は絞められる鶏のような声で床を叩いた。
「もうやだぁぁぁぁ! 戦いたくないぃぃ……! お父さんのバカ野郎、話が違うじゃねえかよぉ。『将軍なんてお飾りお飾り、お前の力なら秒殺余裕』とか抜かしやがって。秒殺どころか、あの目つきの悪い女と殺し合って一年半だぞ!」
四年前、帝国とカリプト国の間で戦争が起きた。
戦線は熾烈を極めたが、ある時を境に二国すべての兵士たちは戦場を去った。
その原因は、時期を同じくして両国に出現した、二人の『終焉兵器』の存在である。
二人は千単位の軍団をなぎ倒し、いかなる兵器をもってしても、傷一つ付けられなかった。
やがて二国は戦争のやり方を変えた。
二人に自国の勝敗を委ね、帝都闘技場で戦わせ始めたのだ。
『終焉兵器』は『終焉兵器』のみが破壊できる、とされたからだ。
『
「『終焉兵器』だか何だか知らないけどさ。気付けば闘技場の客寄せパンダだ」
青年は傍の棚から人形を取り出した。
彼自身を模した『ベルナルド人形闘技場限定エディション3』である。
出荷数も多く軒並み良い出来ばかりの『デスイエロ将軍人形』と比べると、『ベルナルド人形』は目や口の位置がずれていたり、手足がたまにもげていたりと粗悪品ばかりだった。
何故か売れてはいるらしいが、モデルとしてはおもしろくない。
だが曲がりなりにも自分自身を写したもの。
湧いてしまった情から、試合前に変装までして売店で手に入れたのだった。
「俺はただ無限にアイスクリームを作って金持ちになりたかっただけなのに、どうしてこんな目に……。お前だってそうだろ? 口が胴体に付けられてるし。大丈夫。本物として、お前のことはしっかり面倒見てやるからな」
その時、ガチャ、と誰かが控室に入ってきた。
人形相手に話しかけている姿を見られてはたまらない。
ベルナルドは慌てて人形をくず入れに叩きこみ、立ち上がった。
来客は、将軍だった。
「……珍しいな、あんたがここに来るなんて」
驚きを隠しつつ彼は将軍を見た。
損傷の激しかった軍服は新品になり、土埃まみれだった勲章はピカピカに磨かれている。
陶器のような首筋に巻かれた包帯の一筋の白が、戦いの唯一の名残だった。
「本官が望むわけがないだろう。貴様を呼べと命令が下った」将軍はいつも通り冷ややかだったが、敵意はないようだった。「野蛮人と同じ部屋にいることさえ、本官にとっては心が張り裂けそうな苦しみだ」
軍帽を取ると気が緩んだのか、将軍の目尻が気だるげに下がった。
いつもは定規のようにまっすぐなショートボブの毛先が、包帯の上ですこし乱れている。
「皇帝陛下が面会を望まれている。我々、二人とな」
青い髪を手櫛で整え、スポッと軍帽をかぶると、将軍の顔に厳しさが戻った。
その拍子にひらり、と何かが落ちた。
「ん……?」
赤いハンカチだ。
将軍は、気づいていない。
ベルナルドは半ば反射的にそれを拾いあげ、持ち主へと差し出した。
「落ちたぜ、これ」
すると将軍は一瞥して、なぜかギョッとした顔をする。嫌悪と言うより、不意を突かれたような、弱点をさらけ出された時のような顔だ。
「やっ、……ふ、不要だ」
と将軍。
「なんでだよ、洗えばまだ使える」
「だ、だから、不要だと言っている……!」
「そう言うなよ。ほら」
手触りからして良い素材だ、捨てるのはもったいない。
そんな思いからつい、彼は将軍の手に触れるように、ハンカチを近付けた。
彼女の体が硬直したかと思うと、次の瞬間――
「触るなっ!」
銃撃に匹敵する破裂音が控室に響いた。
「痛っ……⁉」
「あ――」
手の甲に痛みがじわりと広がっていく。
将軍のカリプト人嫌い、ベルナルド嫌いは帝国中が、そして誰よりも彼自身が知っていた。
顔すら見たくないのだろう、目が合った記憶さえ彼にはない。
「そんなに俺が、『野蛮人』が嫌いかよ。いいけどさ」
思わず口を付いて出ていた。
だが予想外だったのは、将軍の表情が青ざめていったことだ。
まるで取り返しのつかない過ちを犯してしまった、罪人のように。
だがやがて我に返って、青かった顔を今度はなぜか赤くして、人差し指をビシッ、と突き付けてくる。
「嫌いに決まってるだろう! き、貴様のことなんか、ちっとも好ましく思っていない。思っていないんだから……!」
将軍はもう一度「貴様なんか大嫌いだ」と、何もないところで転びながら控室を出ていった。
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