第9話 進む関係と狂い始め

 一回目のデートは帝国民からの評判も大変良いということで、すぐに二回目以降のベルナルドとヴァレリアのデートはセッティングされていった。

 また、「ロマンスのささやき」については研究室でボヤ騒ぎがあったとかで、『恋思合こいしあい』に投入されるのはもうしばらく先になる、とだけ通達がなされた。



 一回目の四日後、二回目のデートが実施された。

 二人は宮殿から支給されたデートプランを参照しつつ城下町の市場を散策、帝国は、異国の食べ物や品々を見て回った。


 途中でベルナルドとヴァレリアはカフェテラスに入り、市場と自分たちを興味深そうに見つめる群衆たちを眺めながら、落ち着かない昼食をとった。

 未だぎこちない二人の間に会話はあまり生まれず、ポツポツと「それ美味いのか」「そうでもない」といった無味乾燥な言葉が浮上してはすぐに沈んでいった。


 だがこの日、二人の間を最も縮めた出来事がある。

 それは、食後のドリンクを飲んでいる時に起きた。


 ドリンクは二人とも温かいココアだったのだが、ヴァレリアが炎を操る能力を持っているくせに猫舌だということが判明し、ベルナルドは大いに笑った。

 ヴァレリアは不服そうだったが、直後、手にもつカップの重さが微妙に変わったことに気が付いた。そこには小さな氷がぷかりと浮かんでいて、じんわりと溶けながら、アツアツのココアを冷やしてくれていた。


 じっくりと時間をかけながらヴァレリアはココアを飲んだ。

 だがそうしているうちに、今度はベルナルドのココアが冷めてしまった。

 するとヴァレリアは彼の器を熱で温め、ココアを出来立ての温度に戻してやった。


 周囲の観衆たちは二人がそうやって冷たさとあたたかさの交流をしていることに全く気が付かず、なぜあの二人は時折指先をちょいと動かしては、クスクス笑っているんだろう、と不思議がっていた。

 そしてそんな観客たちを見ていた二人の顔からはいつしか――ごく短い時間だったが――笑みがこぼれていた。



   ◇



 また明くる日、ベルナルドは3回目のデートを翌日に控えていたのだが、そこで噴水広場のアイス屋のもとを訪れた。彼と店主は一回目のデートの際に結んだ約束を果たし合った。ベルナルドが氷をやると、店主はヴァレリアについて、世間で噂になっていることや有力な情報を教えてくれた。

 

 ヴァレリアが「花畑が好き」と聞いたベルナルドは、三回目のデート先に指定されたのが広大な花畑を擁する帝立公園だったのをいいことに、喜び勇んで彼女を連れて行った。春を少し先に控えたこの時期、赤い花と青い花が見ごろだ。


 二人は前回のデートの時のココアの話をしながら、延々と続く花畑を歩いていく。

 思いのほか話が盛り上がり、気が付くと宮殿の外周の倍ほどもある公園を四周もしていた。そのころには二人は休日の過ごし方について話していた。


 二人のデート風景や、何かが起きたときの為に常に後ろからついてきていた記者たちはヘトヘトになって、最後には全員が脱落の辛酸を舐めた。




 ◇




 四回目のデートを目前にしたベルナルドは、ヴァレリアに関する情報をかなり手にしていた。

 好きな色、好きな場所、嫌いなタイプ、食べられないもの、生まれた場所などなど。

 特に彼の関心を集めたのは、生まれた場所についてだった。

 聴くところによると彼女は、帝国の育ちではあるものの、本当に帝国で生まれたかどうかは怪しい、とのことらしかった。


 その話はこうだ。

 先代の将軍が、赤ん坊のヴァレリアを下水で拾い育てた。

 そして彼女は幼いころから徹底的に戦闘技術や愛国心を叩きこまれ、そして今の将軍として完成したのだ、と。

 これを裏付けるように、ヴァレリアは過去に『本官は帝国の太陽の下育った。本官は帝国が育んだ麦で育った。本官は誓う。民の為に戦うと。戦って、勝利すると』と発言している、との情報もあった。


 だがベルナルドがこの話を聞いて、一気に『恋思合』への意欲が下がったかというと、そうではなかった。むしろ彼は以前にもまして、一層やる気を高ぶらせていた。

 なぜなら彼女の性格があまりにも愛国に寄っており、そこに自分の入る余地はない、と思ったからだ。

 やはり闘技場での告白は、自分を困惑させて有利に立とうという、ヴァレリアの作戦だったに違いない。

 この時、彼はそう信じることができた。


 全てが狂い始めたのは五回目のデートだった。

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