第8話 デートの邪魔と成敗
初デートはベルナルドとヴァレリア両名が思い描いていたよりもずっと順調に進んだ。
二人の間に――軽妙、とは程遠いが――会話も行き交っていた。
最後の『殺死合』の時、どうやってベルナルドの背後からの攻撃をいなしたのか。
一番命の危険を感じた『殺死合』は何回目だったか。
話題の大半はやはりというべきか、過去の『殺死合』に関するものが大半だった。
「一回目の戦いを覚えているか」ヴァレリアは隣を歩くベルナルドに聞いた。「帝国の誇る闘技場も、戦場に比べれば小さかった。炎が観客に飛び火しないように出力を絞るのに苦労した覚えがある」
「ああ覚えてるさ。俺だって気を抜けば闘技場にいる全員を凍らせてしまいそうで――」
彼は言葉を中断した。
路地の先に、三人組の男が立ちはだかっていた。全員、同じ服装、同じ拳銃を身に着けていることから、一帯を根城にするギャングだと分かった。
「ここはあんたらの来るところじゃないぜ」
中央のリーダー格の男が言う。
「大人しくしてろ。そうすりゃ生きて家に帰れる。……行け」
リーダーがハンドサインを送ると、両翼から手下たちがニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
今の青年と将軍は、世間の知る姿ではない。片や外遊中の坊ちゃん、片や貴族令嬢、とでも言うべき身なりのせいで、不良たちには極上の獲物にでも見えているのだろう。
適当にさばいて追っ払うか。
そんな考えにベルナルドが至りかけた時、背後から腑抜けた悲鳴が聞こえた。
「きゃ、きゃあ~~」
声のぬし、ヴァレリアはそそくさとベルナルドの背後に隠れ、彼の肩越しににじり寄ってくるギャングを見た。
「どうか御助けを……、この服はお母様に買って頂いた大切なものなのです」
突然始まったヴァレリアのか弱い演技は、ベルナルドを顎が外れるほど驚愕させる一方で、ギャングたちには大好評だった。というのも、彼女が青年の背後へと隠れたことで連中の注意はそちらを向き、その時初めて、彼女の美貌に気が付いたからだ。
「リーダー、この女とんでもねえ上玉だぜ」
「こりゃ殺すにはもったいねえ。持って帰りましょう!」
(何がきゃあ、だよ)とベルナルドは背後の彼女を小声で非難した。
すると彼女は上ずった声で、
(別にいいだろう。一度こういう体験をしてみたくてな。滅多にない機会だ、もう少し付き合え)
「よおし、確かに上玉だ。気が変わった」リーダーは銃を取り出すと、銃口をベルナルドに向け、あっという間に距離を詰めてくる。
「なああんたら、ちょっと落ち着いて――」
相手をなだめようとしたベルナルドの耳のそばを、弾丸が掠めた。乾いた銃声が通路一帯に響く。リーダーが目と鼻の先に立つ。銃口からは硝煙が微かに上がっていた。
「雑魚は黙ってな。……よお、カワイ子ちゃん。俺と一緒に来い。言っとくがこれは『おさそい』じゃねえ。命令だ。俺が飽きるまで俺のものだ。そのあとはそこの二人が壊れるまで相手してくれるさ」
リーダーがじりじりとベルナルドの横から回り込んで、獲物に近づいていく。代わりに手下たちが青年の正面に立ち、いつでも撃てるように構えた。
ヴァレリアがぼそぼそという。
「そんな……、心に決めた
その言葉はリーダーとその部下たちを一層興奮させた。三人分の下卑た笑い声が沸き起こる。
「いいねえ」
「やべえ、帰るまで待てねえよ」
ベルナルドはイライラし始めている自分に気が付いた。ヴァレリアに向けられる卑猥な視線。そのすべてを今すぐにでも根絶やしにしたい衝動が、微かながらも湧くのがわかる。
初めて動いた彼はギャングたち三人を正面に置いて、彼女を再び背中で隠した。
「いい加減にしろ。さっさと消えてくれ」
その強い口調は、ギャングたちの逆鱗に触れた。
ベルナルドの胴と頭めがけて三方向から銃弾が撃ち込まれた。
薬きょうが地面を転がる。
後ろでその光景を見たヴァレリアは、つまらなさそうに肩を落とした。
「……やれやれ、もう仕舞いか。割りと楽しんでいたのだが」
「まったく何が楽しいんだよ。まあ、この道を選んだ俺のミスか」
ベルナルドは反省しつつ、首を横に振った。
ギャングたちは銃を構えたまま、固まっていた。凍らされて動けないのではない。
銃口からまっすぐ伸びている棒状の氷、その拳三つ分ほど進んだ先端に、空気を切り裂きながら進んでいたはずの弾丸が封じ込められていた。琥珀の中に閉じ込められた虫のように。
ギャングたちはようやく相手が誰かを理解した。全員、ガチガチと歯を鳴らしながら震え始めていた。
「おい」
ベルナルドが呼ぶと、かろうじてリーダーが「………ぁ、は……い」と返事をした。
「これに懲りたらもうこんな悪さやめろよ。……ま、もう手遅れかもしれねーけど」
少し先で待ってるぜ、彼は将軍に伝えると一人で道を進んでいった。
「――さて、本官はあいつほど腑抜けてはいない」
ヴァレリアが跳ねるような調子で言った。ニコニコの笑みを浮かべているが、その口元は三日月型の亀裂に見えた。
「貴様らの様子を見るに、常習だな。迷い込んだ観光客や世間知らずから金品を巻き上げ、興味を湧かせる女であれば犯す。……炭にするか」
将軍の指先に煌々と炎が輝き始めると、ギャングたちはとうとうその場にはいつくばって許しを請い始めた。
「そう焦るな。本官にとって今日は特別な日でな。つまり貴様らを一方的に、無常に殺す意志はない」
三人に安堵の表情が見えたのも、ほんの一瞬に過ぎなかった。
「肺を両方焼かれるのと、粗末で低俗な棒切れを根元から焼き切られるの、どちらがいい?」
◇
絶叫が聴こえなくなるとヴァレリアがやってきて、壁にもたれてたたずんでいたベルナルドと合流した。
「何をやったかは聞かねえよ」
「聞きたくなったら言え。事細かに教えてやる」
初デートも終わりの時間が近づいていた。
二人は夕暮れの中を、しばらく無言のまま歩いた。
だがやがて、ヴァレリアが口を開く。
「なぜ、銃弾をわざわざ止めた」語調は堅かった。「お互いに銃弾ごときで血を流す体でもないだろう。あの程度の口径と威力なら猶更だ。痣にもならん」
「別に、怪我するとか、痣が出来るとか出来ないとか関係ねえよ」
両手を後頭部で組んで、空を仰ぎながら彼は答える。
「だってお前に当たるかもしれなかっただろ」
「……!」
ヴァレリアは歩みを止めて、彼を見やった。
「そ、そうだな。こんなに綺麗な服だ。破くわけには――」
「服じゃねえって」
またしばらく無言の道中が続いた。ベルナルドが気になって横を見ると、夕暮れの茜の只中に陽炎のような揺らぎがあった。それは両手をぎゅっと握り締め、瞬きを絶え間なく行うヴァレリアの頭から出た湯気だということを、彼も今や簡単に想像できた。
「当たってないよな? 最初の銃弾とか。どこにも」
その確認にヴァレリアはちら、と彼を見たがすぐに目を逸らし、「うん」と小さくうなずいた。
「ならよかった。……あとあれだ。次会う時は、ギャングに絡まれない道だな」
こうして初デートは終了した。
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