第7話 アイスクリームと間接キス
ベルナルドとヴァレリアがアイス屋に向かおうとすると、カメラを持った集団が現れて、狂ったように二人を撮り始めた。
「記者たちだ」彼女はため息混じりに言った。「成程、『写真を撮る』とは雑誌や新聞に載せるための撮影、という意味か」
「俺たちまだ何もしてないぜ。なのになんで撮られる?」とベルナルド。
「何をしていようが同じように撮られたろうさ。『
「なるほどな。……なんで今笑ったんだ?」
「笑ってない。断じて」
「はーい二人とも、寄り添って笑って!」
カメラマンの一人からそう指示があった。するとヴァレリアの方からベルナルドに体を近付いて、「腰に手を回せ」と囁いてきた。
「え、ええ……急にそんな」
狼狽えるベルナルドだったが、いつか街中で見かけた男女の写真の構図を思い出して、ヴァレリアの腰に手を回し、ぎこちなくもそっと抱き寄せた。
「ふあっ」隣から綿毛のような声が聞こえたが、直後に「……笑え」といつもの調子で言われた。浮かべた笑顔はひどいものだった。
やがて記者たちは調子づき始め、大声で指示を飛ばし始める。
「将軍、もう少し左へ」
「腰へ手を当てられますか」
「チッ、注文の多い連中だ……」
不満そうだが、ヴァレリアは慣れた様子で応じていた。事実、彼女はその苛烈な性格や厳しさはともかく、その美貌を見込まれて、グッズ展開や広告に使われる機会が多かったからだ。
「俺も何かポーズとかしたほうがいいか?」
そうベルナルドが記者たちに聞くと、
「あんたはもう外れていいよ」とあしらわれてしまった。
記者の発言にヴァレリアは眼光を鋭くしたが、当のベルナルドは笑ってなんの未練もなさそうにカメラの輪から抜け出した。
◇
彼はとぼとぼと階段をおり、出店を物色しはじめた。
なにも今に始まったことじゃない。彼は自分に言い聞かせる。『
「おい、おい! あんただよあんた! そこの氷のあんちゃん!」
「え、おれ?」
「おうよ、あんたあれだろ! カリプト人のベルナルド!」
声をかけてきたのは、近くの出店の主だった。
中年の男性で、背は低く、白髪を後ろになでつけている。『ロッジのアイス屋さん』と刺繍がされたかわいらしいエプロンが、異様なほど似合っていない。
よく見るとその頬には涙の痕があった。
「泣いてた、のか。あんた」
「商売あがったりでね」店主は肩を落とす。「ほら、今日おたくらが写真を撮るついでにアイスを食べることになってたろ。あれ、オイの店がやるはずだったんだ。だが、保冷庫がブッ壊れていることにさっき気づいてな……。遠くラコアップ山脈から取り寄せたせっかくの高級な氷が溶けちまった。これじゃアイスも何もあったもんじゃない」
店主は顔をあげ、キラキラとした瞳でベルナルドを見つめた。
「闘技場で兄ちゃんの氷は何度も見た。ありゃいい氷だ。良い氷を作るやつに悪い奴はいねえ」
よくわからない理屈だったが、ベルナルドは話を吞み込むと、正方形の氷塊を七つ作ってやった。しかも混じり気がなく、透明なやつだ。氷を見た店主はにこりと笑った。
「こりゃすごい。上等だ。こんな氷は滅多にお目にかかれないぞ。ちょっと待ってな」
店主は氷かぎで氷塊を持ち上げ、ハンドルのついた装置の中程に挟み込んで固定し、ハンドルを回し始めた。連動して氷も回転し、シャリシャリと音を立てながら下側から削られ、それらは機械の下で待ち構えるカップに降り積もっていった。
そうして待つこと数十秒。青い液体をまとった粉雪の山、アイスが完成した。
「ほら、出来たぞ。試してみてくれ」
小さな匙に乗ったふわふわの氷片が舌にふれると、その輪郭は崩れ、後には冷たく爽やかな甘味が残った。
「うまいなこれ!」
「だろぉ! 青く染めた糖蜜をかけてあるから、しっかり甘味として楽しめちまうわけよ」
「いつもここで店を? 通いたいんだけど」
「嬉しい申し出だが、あいにく氷ってやつぁ毎日は手に入らねえのさ。せいぜい週三ってとこだなあ」
ベルナルドはふーん、と返すと、アイスに描かれた青いにじみに見入った。あいつの髪色そっくりだ、と彼は思った。
振り返ると、彼女は踊り場で未だにフラッシュを浴びていた。階段に座り、頬杖をついている。頬を片方、やや膨らませて。
こう思わずにはいられなかった。綺麗だ。
自分はまだまだ、あいつのことを知らない。戦闘スキルと、時間に厳しく、深い帝国への愛を持っている。それで全部だった。
だが『恋思合』において、そんな状態では不利なだけだ。
知らなくてはならない、もっと。
「……じゃあ、アイスのおっちゃん」彼は店主に向き直った。「毎朝俺がここに来て、氷をやるよ。金はいらない」
「なんだって!? いや、だがそういう訳にはいかねえよ、金は払うって」
「本当に要らないんだ。ただその代わりに一つ俺の頼みを聞いてほしい」
店主は、なんでも言ってくれ、と胸を叩いた。
ベルナルドは声をひそめた。
「将軍のことを一日一つ、教えてくれ。噂でもいい。あいつに関する情報を俺にくれ」
店主が、ほお~?、とニヤケ面をする。ベルナルドが反論しようとするより早く、店主は豪快に笑った。
「気に入った、いいぜ」
だがその時、ヴァレリアが近くへ駆け寄って来ていた。
聞かれたか、と肝をつぶすも、彼女は出店の横をつかつかと通り過ぎていく。
「行くぞ、ベルナルド」
「行くって……どこに?」
「あの連中がいないところだ!」
彼女は鞄をぶんぶんと振って、恐怖の顔に染まり、階段から一歩も動けなくなった記者たちを指した。何をしたのかは聞かないでおこう、と彼は思った。
ヴァレリアは続ける。
「せっかくの初デートなのに、二人きりの時間がこんなにも少ない……ん“っん”、つまり戦略的に考えて互いに恋愛の策を講じづらい、という疑問が生じた次第で、本官は大いに不満をだな――」
何やらごにょごにょと話し続けるヴァレリア。
ベルナルドは少し考えて、店主から残ったアイスを受け取ると、彼女の隣へ歩み寄った。
「つまり、ここ以外のどこかに行けばいいんだな」
彼がそう言うと、ヴァレリアはコクリ、と頷いた。
「……ん」
「じゃああっちに行ってみようぜ。アイス食うか?」
「繰り返すが本官はアイスが好きだ。断る理由はない」
「うまいぜ。俺が作った氷でできてるんだ」
「あむ……ほう。中々美味だな」
「うまいよな。あ、スプーンとカップ、返してくれ。……んー、やっぱうまい」
「お、お前……」
「もう一口いるのか? ほら、口開けろ」
「しょ、正気か!? そ、それは、世にも有名なあの、か、間接キスというやつでは――」
「? カリプトでは普通なんだが、もしかして帝国は口移しで食べさせるのか?」
「そんな訳あるか! 淫らすぎる!」
「顔真っ赤にして怒らなくたっていいだろ」
「ふん、第一同じスプーンを共有するなど不衛生だ。健康的でない。まったく理にかなっていないではないか。……だが、文化なら仕方ない。ほら、スプーンとカップを貸せ」
ベルナルドは彼女に再びカップとスプーンを渡した。
それから二人は広場を離れ、アイスをのんびりと食べながらあてどなく歩いた。
数分後に銃を持った強盗に襲われるとは、二人とも夢にも思っていなかった。
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