敵国最強の女将軍が恋愛弱者すぎる～手を握るだけで告白してくるってどういうこと！？と思ったら初恋が俺らしい～

第18話 奴隷王と亀裂

　カリプト王、通称『奴隷王』の到着をガルドニクス帝は玉座で、将軍であるヴァレリアはその眼下で、それぞれ待っていた。

　予告通り、奴隷王は真昼間に謁見の間に姿を見せた。

　背丈はベルナルドよりも更に高く、小さな山が左右に揺れながらのっしのっしと歩いてくる様は、帝国人が抱く『野蛮人』のイメージそのままだった。

　胸元まで無造作に伸びた白い髭をさすりながら、奴隷王は皇帝をギロリと見た。

「久しいなガルドニクス。『殺死合（ころしあい）』のルール決めの時以来か」

「左様。この調子では、次に会う時にはカリプトが帝国の領土となっておろうな」

「相変わらず冗談が下手なジジイだ」

　仕える君主をジジイ呼ばわりされては、ヴァレリアも黙ってはいられない。進み出て奴隷王を睨みつける。

「貴様……！　陛下に何と無礼な！」

　そんな彼女を頼もしそうに見つめながら、皇帝は奴隷王に言葉を向ける。

「パルナサス、デスイエロ将軍と直接会うのは初めてじゃったな。紹介は不要かの」

　だが敵意を剝き出しにする『終焉兵器』に、奴隷王は冷静さを少しも欠かず、それどころか豪快に笑ってみせた。

「相変わらず威勢のいい女だ。あんた、昔闘技場で見た時よりも色っぽくなったな。『恋思合（こいしあい）』なんて乳繰り合いをやってれば、暴れ馬も多少は角が取れるってわけか」

「なんだと――」

　遂にヴァレリアも殺気を放ち始めた。

　前日までマリーとの会話で「お義父さま」などと呼んでいたが、とんでもない。ひたすらにこちらの神経を逆なでする、腹立たしいヒゲ親父ではないか。

　よくもこんな育ての親がいて、あの愛らしい恋人（ベルナルド）が育ったものだ。

　彼女がそう思ったとき、まさにその恋人が玉座の間に姿を現した。

「ベルナルド……」

　皇帝や奴隷王には聞こえないよう、ただし耳の利く彼だけに届く声量で、彼女は情感を込めて呼んだ。

「ヴァレリア」

　他の者には口を動かしたかどうかも分からないような、無音に近い返事。それもヴァレリアの常人離れした耳には、まるで抱き合いながら囁かれたように感じられた。

　彼は奴隷王の隣に並んで立った。

「してパルナサス、貴様は何用で参った？　ベルナルド君まで呼び寄せて……。まさかここで『殺死合』を再開しよう、などと提言するつもりではあるまいな？」

　場に集っていた執政官や衛兵皆に動揺が走る。

　だが皇帝の言葉に最も反応したのは当然ながら、ベルナルドとヴァレリアだ。それを聞いた瞬間二人は、目を見開き呼吸をしばしの間忘れてしまった。

　しかし先ほどの挨拶と同じく、この恋人同士だけが、互いの動揺を悟ることが出来ていた。

　ヴァレリアは動揺に心を震わせつつも、幸せを感じずにはいられない。

　彼が彼女だけに見せた体の硬直と恐怖の片りんは、彼の愛の証拠に他ならなかった。

　そして彼もまた、ヴァレリアの恐怖を感じ取って、それが自分に対する想いの強さから来ているものだと知ってくれたはず、と思えたからだ。

「違う、違う」カリプト王が皇帝の言葉を否定した。「『恋思合』は『殺死合』を遥かに超える収益をカリプトにももたらしている。止めさせる理由などあるものか」

　恋人たちは内心で胸をなでおろした。

　だが、その安堵も一瞬だった。

「俺様が帝都のようなおぞましい地へ来たのは、大事な息子（ベルナルド）を故郷に連れて帰るため。――そして明日より先、ベルナルドが帝都を訪れるのは『恋思合』の実施時のみとする、と通達するためだ」

　ヴァレリアは喉を締め付けられ、手足が消えてしまったような痛苦を覚えた。