第38話 家族とお礼
迷子の男の子を肩車して、ベルナルドは通りを進んでいく。
ヴァレリアも口元を隠しながら、
「もしかすると今の我々は家族づれに見えているのでは……? 今だ、撮れ記者共。撮りまくって今この時を一面にしろ。全部買うぞ」
とブツブツ言って隣を歩いている。
何言ってんだか、と呆れ半分、ほほえましさ半分でベルナルドは彼女を見ていた。
だが頭の上の子供が「ぼくね」と初めて喋ったので、反射的にそちらに意識を奪われた。
「お兄ちゃんのことしってる。しょーぐん様とチューしてた人でしょ?」
「え、いやあれは……まあ、してた」とベルナルド。
「て、帝都の性教育はどうなってる……! 『チュー』をこんな子供が知ってるなんて、風紀が乱れているのではないか」
とヴァレリア。
「『チュー』くらい一歳だって知ってるよ」
青年は呆れながら返した。
「ぼうや、俺のことは怖くないのかい」
「どーして? お兄ちゃん、こわいの?」
いいや、とベルナルドはそれ以上深く聞くのをやめた。
この子は何も知らないんだ。新聞の一面で俺とヴァレリアの姿を見ただけなんだろう。
「お母さんがいたら大きな声で教えてくれ」
「うん!」
道行く人は皆、ベルナルドが帝国人の子供を肩車している姿を見て驚いていた。
人さらいだ、と騒ぐものもいたが、ほとんどは彼の傍にヴァレリアがいるのを見るなり黙り込んだ。
それどころかその様子を見守って、ベルナルドとヴァレリアはやはり相手を想い合っているのではないか、と溜飲を下げる者も多かった。
たまに子供が「しょーぐん、けむり出てる」や「お兄ちゃんのかみ、ひんやりしてる」と言い、当人たちも思わず笑い合って、終始和やかに歩いていたからだ。
しかし少年は純真さから爆弾質問をする。
「お兄ちゃん、しょーぐんのこと好きなの?」
ベルナルドは苦笑し、ヴァレリアは微笑を凍り付かせた。
「さ、さあ~~どうだろう?」
「きらいなの?」
「いやあ、なんとも言えないな」
「じゃあすき?」
「答えられませんっ」
こいつではらちが明かない、と思ったのか、少年は首をぐるりと回してヴァレリアを見た。
「しょーぐんは? お兄ちゃんのことすきなの?」
「愚問だな。大す――」
ヴァレリアがそう口を開いたのはほぼ条件反射のようなものだった。熱いものを触った時に「熱い」というように。
「ベルナルド好き?」と聞かれれば「大好き♡」と口走ってしまう脳になってしまっていた。
しかも彼女とベルナルドの耳についている「ロマンスのささやき」が、しっかりと仕事を果たす。
彼女の言葉から膨大な好意を検出。
その好意と、予測される次なる音――「大好き」の「き」の到来に備えて、赤の輝きを放ち始める。
視界の端に滲んだ赤に気が付いた彼女は、額に大量の汗をかきながら、かつてない早さで脳細胞に働きを命じた。
「――題するなら『くたばれうせろボケ』かなこいつにたいするきもちはなぜならほんかんはていこくぐんしょうぐんう“ぁれりあですいえろだからひかぬなびかぬこいもせぬ」
イヤリングの光が――消えた。
ぶっはー、と彼女は息を吐きだした。
あまりに早口で長文だったためか、子供は首をかしげていた。
「どういうこと?」
「……どうだろうな。知らん」
汗をぬぐいながらヴァレリアは雑に答えた。
だが相手も引かない。
「すきもきらいもわからないの? 大人なのに」
将軍は少し口ごもったが、やがて苦しそうに答えた。
「……大人は好きなことをいつも言えるわけではないのだ」
ベルナルドも思うところがあるように、
「そうそう」
と言った。
「――あ! ママだ!」
ぶんぶん、と子供の小さい手が指をさす方向には、あたりを不安そうに見渡す女性がいた。
まさか自分の迷子になった息子が、『終焉兵器』二人と一緒に来るとは夢にも思っていなかっただろう。ましてや一人に肩車までしてもらっているのだ。
「ひっ――?!」
女性はその場で腰を抜かし、一言もしゃべれなくなってしまった。
「あー、すまない驚かせて」ベルナルドは少年を降ろしながら言う。「あんたの息子さんが向こうで人ごみに飲まれてたんで、助けた。んで、あんたを一緒に探してたんだ」
それでも母親はガタガタと震えながら、どうにか息子を引き寄せて背後に隠した。
見かねたヴァレリアが間に入る。
「この男の言う事は本当だ、ご婦人。怖い思いをさせたのなら申し訳ない。だが本官も、この男も、街中で市民を傷つけるような人間ではない。それに、ご子息の危険に気が付きまっさきに人ごみをかき分けていったのは……このベルナルドだ」
「いいって」とベルナルドは謙遜する。「無理に礼を言ってほしいわけじゃない。お子さんが無事でよかった。じゃあな、お母さんから離れるなよ」
子供に別れを告げてその場を離れようとした時、母親が「あ、あの……っ」と呼び止めてきた。
「息子を、助けて頂いてありがとうございました。
さ、さっきは、すみませんでした。つい驚いてしまって……。
だってポスターとかグッズで見てるお二人なので、まさかこうやって会う時が来るなんて……。
それと実は、他にもお二人にお礼を言いたいことがあるんです」
「他に、礼?」
ベルナルドとヴァレリアは顔を見合わせた。
女性は子供の頭を愛おしそうに撫でながら、言った。
「私の夫は前線に出る兵士でした……。でもお二人が現れて、兵士や普通の兵器がいらなくなって、夫は銃を捨てて家に帰ってきてくれたんです。
当時この子はまだ赤ん坊。私は『父親がいないまま育てることになるのか』、と毎日泣いたものです。
生活はけっして楽ではありませんが、家族みんなで毎日朝を迎えられているのは、お二人のおかげでもあるんです。
だから、感謝してもしきれません。ありがとうございます」
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