第21話 『本官の男』と『再会』
ベルナルドの手紙を受け取ってから一時間も経たないうちに、ヴァレリアは二通の手紙を書き上げた。
それらをマリーに託し、
「一通は三十六火焔師団長宛て。そしてこっちは、ベルナルド宛だ」
と告げた。
マリーはすぐさまベルナルド宛の手紙をアイス屋の店主に渡し、それをベルナルドに届けるように頼んだ。ラコアップ山脈周囲の地理には、過去に氷の仕入れを行っていた関係で彼が大変詳しかったからだ。
「報酬は弾みます」、とマリーが金貨の入った袋を取り出すと、店主はそれを突っぱねた。
「いらねえよ。ダチ公には世話になってるんだ。ラコアップ山脈にある小屋なら、俺にもいくつかあてがある。任せときな」
それからマリーはすぐさまヴァレリア直属の衛兵を呼び出して、これを帝都で一番優秀な乗り手と一番速い馬に乗せて、三十六火焔師団長に届けるよう頼んだ。
師団長から返事が来るまでの間、ヴァレリアは気が狂いそうな時間を強いられた。
『恋思合』も「ベルナルドの状況が落ち着くまで休止」とされていたため、彼に会う事すらかなわなかった。
抱擁はもちろん、声すら聴けない。
恋人になって間もない時期だ。そんな我慢を強いられた彼女が毎晩枕を濡らしたのは言うまでもない。
そして手紙を出して三日後、ようやく事態に動きがあった。
「ヴァレリア様、師団長から返事がありました! 『全てお望みのままに』とのことです」
まもなく、三十六火焔師団から宮殿に緊急報告があった。
その報告は以下のような内容だ。
『地元の部族が反乱を起こした。しかも地下に掘った迷宮のような洞窟に立てこもっており、師団も迂闊な交戦はいたずらに犠牲を生む結果となると考える。ついては終焉兵器の使用を許可願いたい。一週間あれば素晴らしい結果を報告できるだろう』
慌てた宮殿は『終焉兵器使用命令』を下し、急ぎヴァレリアの屋敷へと伝令を送った。
伝令を受けたヴァレリアは心を痛めた様子を演じつつ、「謹んでお受けする」と回答。
その夜には三十六火焔師団の駐留する北西へと馬を走らせた……ことになった。
「ヴァレリア様、どうかお気をつけて」マリーが発つ直前のヴァレリアに忠告する。「所詮はカラーコンタクトにウィッグ。いくら黒基調の火焔師団の軍服を身にまとっているとはいえ、その御顔はあまりにも世界に知られすぎています。正体がバレてしまわないようにご注意を」
「フ、心配しすぎだマリー。まるで本官がおっちょこちょいで落ち着きがなく、ベルナルドの事になれば我を忘れる奴みたいだぞ」
「…………そうだから忠告してるんですっ!」
「冗談が達者になったな。では行ってくる」
「ちょっ、お会いになる直前はちゃんとお色直ししてくださいね――」
◇
闇夜のような黒く長い髪、漆黒の瞳となったヴァレリアは馬を目いっぱい走らせた。
北西にある三十六火焔師団のある方角から少しずつ道を外れ、進路はラコアップ山脈へ。
道中で馬を降りては乗り換えて、その進度を全く落とさなかった。
二日ほど駆けてたどり着いた街の酒場に入ると、すぐに、帰路にあったアイス屋の店主がヴァレリアを見つけた。
「ヴァレ……ダチ公の女!」
「お、おんな……っ?」
マリーが聞いていれば、店主は馬車で市中引き回しの刑に処されていただろう。
だが当のヴァレリアは満更でもなく、無表情のまま頬を赤らめ、頭から湯気が出ないように必死に耐えていた。
「コホン、本官の男には会えたか?」
「ああ、バッチリ! あんたからの手紙も渡したぜ。ほら地図に書いてあるこの印にダチ公はいる。だがなぁ――」
「感謝する!」
ヴァレリアは店主から地図をもぎ取ると、未だゼイゼイ言ってる馬に跨って行ってしまった。
「なんてこった」店主は声を震わせた。「あいつ今、すげえ美女と一緒に住んでるってのに……」
◇
彼女の頭の中はベルナルドに会いたい、その一心でいっぱいだった。
街を抜け、荒れ地を通り、緑豊かな平野に差し掛かると、彼女の心は次第に激しく燃え上がった。同時に、激しい後悔にも駆られた。
最後に彼に触れたのはいつだろう、一週間前? こんなことになるなら最後に恋人として会ったあの夜、彼が差し出した手を取って、ほんのひと時でも長く一緒に過ごせばよかった。
「……! あれだ、あの小屋だ!」
やがて、視界の奥に一軒の小屋が見えた。
辺りはほぼ日が落ちかけており、小屋の窓からは、おそらく暖炉だろう、火の揺らめきが見えた。
「よし、止まれ。どう、どう」
ヴァレリアは小屋の少し手前で馬を止め、ウィッグを取り、カラーコンタクトを外していつもの姿に戻った。服装だけは火焔師団の軍服――スカートの丈が短く黒タイツを着用し、軍帽の天井は水平でこじんまりとしている――だった。
「むしろいつもと違う格好だから、あいつ、驚くかもしれないな……。もしかしたら褒めてくれたり、興奮させちゃったりして……ひゃあぁぁ」
しばらく平野のど真ん中で悶えていた彼女だが、マリーの忠告を思い出すと、馬の影に隠れて手鏡を取り出した。小さな火を浮かび上がらせ、その明かりを頼りに、髪を手櫛で整えたり、リップを塗ったりした。
「やっと……やっと会える」
彼女は感極まりながら、小屋へと歩いて行った。一刻も早くベルナルドの顔を見て、抱き着きたい衝動だけが彼女を動かしていた。
そして遂に小屋の扉を開ける。
「全く世話を焼かせる男だ。本官がいなくて寂しかったか――」
そういいながら小屋に入ったヴァレリアが眼にしたもの、それは――
ベッドの上にいるベルナルドと、彼に馬乗りになってキスをする寸前の距離にまで顔を近付ける、見知らぬ金髪の美女の姿だった。
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