第13話 二人きりと「それでも好き」
「今夜の我が家には誰もいない。本官と、お前だけだ」
誰もいない屋敷の前に二人きり。
喉をごくりと鳴らして、一体なんのために連れてこられたのか、ベルナルドは考える。
するとそんな彼の様子にヴァレリアは声を出して笑い、近くの草むらに腰かけた。
「座らないか。今日はきっと、星が良く見える」
「……わかった」
ベルナルドはゆっくりと――ヴァレリアから人一人分離れた距離に――座った。
「なぜここに連れてこられたのか、という顔だな」
「まあね」ベルナルドは空を見上げた。やや暮れた空の向こうに星が微かにきらめていた。「教えてくれるのか」
「……ああ」
彼女は膝を抱え、そこに顔をうずめていた。
しばらく沈黙が続いたのち、彼女は言った。
「本官はこう言ったな。『体調が優れない』、と」
ベルナルドは黙ってうなずいた。
「本官には優秀な副官がいてな。名をマリーという。信頼できる人間などほとんどいないこの国で、マリーの存在は本官にとって大きい。もし友人の名を挙げろ、と言われたら真っ先に、本官は彼女の名を挙げるだろう」
「いい友達なんだな」ベルナルドが言った。「お前がそこまで言うってことは」
「だが先日、喧嘩をしたんだ。終いには『もうヴァレリア様なんて知りません! もう勝手になさればいいじゃないですか! しばらくお暇を取らせていただきます』と言われてしまった」
「どうして喧嘩に?」
「……お前のことだ」
「俺?」次第に彼は、それがどんな話だったのか見えてきた。「告白の話か。あの日、『恋思合』が発表されたときの」
ヴァレリアは一度視線を落としたが、やがて小さく何度かうなずき、彼の顔を見た。
「そうだ」
「俺だって、そのことについてはずっと考えてた」
彼女は「そう、だったのか」驚いた。心なしか喜色がこもっているようでもあった。
ベルナルドはため込んでいた気持ちを、ずっと言いたかったことを告げた。
「あの時の告白が本気じゃなかったのは分かってる」
「ん?」とヴァレリアが大きく首を傾げた。
だが当の彼はそれに気が付かず、話を続ける。
「お前だって嫌々言ってたんだよな。だけど、あの状況じゃしょうがない。確かにあの時、あんなことを言われて動揺はしたさ。そういう意味じゃ、お前の作戦通りだったのかもな」
「ちょ、ちょっと待て、まさか貴様あの告白をうそ――」
ヴァレリアが手を延ばして彼を制止しようとしたのが失敗だった。
彼はほんの一瞬、その彼女の手を取って、「頼む、最後まで言わせてくれ」
と言ったのだから。
最大の弱点を突かれたヴァレリアは「ひゃい」と押し黙ってしまった。
「最初、俺は『恋思合』なんて訳が分からなかった。お前と恋愛しろだなんていわれても、俺は『殺死合』を通して見たお前しか知らなかった」
ヴァレリアは眼を見開き、彼を見つめていた。
「だけどいざ始まってみたら……悪くない。そう思えた。勝ちたい、ってな。今のお前だってそうだ、勝利を求めてる。帝国を戦争に勝たせたい、きっとその一心で俺と会ってるんだろう。でもいつか、お前に本心から告白してもらうからな! そのためにやれることはなんだってやる……これが言いたかったことだ」
ヴァレリアは再び膝に顔をうずめて、もぞもぞと動きながらも、黙って聞いていた。
だがベルナルドの話が終わるや否や、彼女は自らその手を伸ばして、彼の手に触れた。
「っ……、なんだよ」
彼が反射的に顔を背けると、ヴァレリアは言った。
「マリーとの喧嘩のきっかけは、あのイヤリングだ。『ロマンスのささやき』とかいう、告白を感知すれば光を放ち、録音するもの。……更衣室であれの説明を受けた時、内心、どうしようと思った」
「あんなもん付けられて監視されるんだ。そりゃ動揺もするわな」
「違うんだ」彼女は食い気味に否定した。「本官はただ、お前にもう二度と本音を言えなくなることが怖かった。あのイヤリングの完成が怖かった。あれを着けるようになったら、きっと本官たちの間を行き交うのは、歯車のような、心の通わない、表面だけのやり取りだ。そんな中身を全く欠いたことを続けたくはない」
「じゃあ、どうするんだ」との彼の問いに、彼女は凛として、威厳を持って答えた。
「――今与えられた短い間だけでも、正直になる」
今しかないんだ、今しか。
ヴァレリアは彼の手をぎゅっと握りながら、そう苦しそうに呟いた。
「好きだ、ベルナルド。本官はお前のことが……」
ベルナルドは彼女の口を、急いで手で塞いだ。二人はもつれあって、草の上に倒れ込む。ヴァレリアの軍帽がその拍子に脱げて、視界の外へと転がっていく。胸元に着けた勲章のいくつかが取れ、緑の上の微かな赤や黒となって散らばった。
「デスイエロ、お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか……? 本当に分かってるのか……!? 今の言葉を誰かに聞かれでもしたら……!」
ベルナルドの心臓が聞いたことのない早さで脈動し、かあっと全身が熱くなった。
そんな彼の手を、ヴァレリアは自身の口元から引きはがして、言った。
「自分の言葉くらい分かってる! 本官の言葉が、どれほど重みをもっているのかも。どれだけの責任があるのかも。全部、誰よりも本官が知っている!」
彼女の目尻が光り、その光の粒は流星のように顔の後ろへと流れた。
「でも好きなんだ。ベルナルド、お前が好きなんだ……」
ベルナルドは言葉を失った。少し経って、慌てて周囲に注意を張り巡らせる。
誰かが聞き耳を立てている気配はなかった。
彼はヴァレリアをそっと抱き寄せて、「わかった」と囁くと、立ち上がって彼女の軍帽と勲章を拾い集めた。それから未だへたり込んでいる彼女に手を差し出した。ヴァレリアはその手を、素直にとった。
「屋敷に誰もいないんだったな、今日は」
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