第16話 謁見と『忍び逢い』


「どうかねデスイエロ将軍、『恋思合こいしあい』の方は?」


 ガルドニクス帝は上機嫌に言った。

 彼の玉座を見上げる位置に、ヴァレリアは片膝を付いていた。正装である漆黒の軍服に身を包み、胸元には店を開けるほど大量の勲章がぶらさがっている。


「どう、と申しますと?」

「巷では――極々一部にすぎないが――ベルナルド君を推す声が上がっているとの噂を聞いたのじゃよ」

「フフ、お戯れを」将軍は片笑んで噂話を嘲る。「陛下も新聞、雑誌に御目は通されておられるでしょう。そこに書かれてあることがすべてです。本官が『』にあります」


 ガルドニクス帝は豪快に笑った。


「はっはっは! まあな! いや結構結構。グッズの売り上げも大変好調なのじゃよ。聞いて驚くなよ、将軍のグッズが売れに売れまくっておる。『殺死合ころしあい』の時の五割も多くな。……相変わらずなぜかベルナルド君のグッズも好調だが。その筆頭が人形だ。非常に質の低い工場に、低品質なものを作るように命じておるにも関わらず、売れ行きが特にいいらしいから――いっそ


「――なりませんッッ!」


 ヴァレリアが急に叫んで立ち上がったので、皇帝はのけぞった。


「ど、どうした将軍。何が気にくわなかったのかね」


 慌てて将軍はもう一度ひざまずいた。


「……失礼いたしました。しかし人形の生産中止は賛同いたしかねます」

「ほう。それはなぜかな?」

「あの男に関わるものすべてが低品質、低級であり続けることが重要と考えます。生産はする。するけれども、あえて品質を下げる。その継続こそが、あの帝国の宿敵のイメージを失墜させ、ひいては奴自身の士気を低下させることにも繋がるかと」

「ふむ、将軍の言う通りだな。よし、人形は変わらずの低品質で作らせるとしよう」

「本官の場を弁えぬ忠言にも関わらず受け容れて下さり、感謝に耐えません」

「うむ。ちなみに、どうかねベルナルドくんは。男として」


 その問いにヴァレリアは下げていた面を上げ、冷徹な笑みを浮かべた。皇帝の背筋に冷たいものが走るほどだった。


「全く持って、何の魅力もない凡夫でございます」彼女は吐き捨てる。「気も利かなければ、話もつまらない。いくら服装で取り繕ろうと、身に染み付いた野蛮人の気風は隠せないと見えます。正直に申しまして、会うたびに本官の心はより強固にあの男を拒絶し、一刻も早く篭絡させ、我がひざ元に屈服させたい念に駆られるのです」


 将軍の答えは皇帝をこの上なく満足させた。老体は玉座の上でぐねぐねと笑い転げ、目元の涙をぬぐっていた。


「ひい、ひい、そこまで言わなくても良かろう。くっくっく……。いやしかし余は安心した! 将軍もすっかり『恋思合』のやり方に熟練してきたようだな。これは勝利の報告を聞く日も近そうだ」

「勿論でございます。帝国に勝利を。野蛮人には敗北を」


 そして謁見は終わり、ヴァレリアは退室した。去り際に瞳を潤わせながら。




 ◇




「うううぅ、本当はあんなこと言いたくなかったんだ……でも言うしかなくて、ベルナルドの悪口をたくさん口にしてしまった。ゆるしてくれ」

 ヴァレリアはベルナルドの胸元で顔をうずめていた。会った瞬間から五分間、ずっとこの調子である。

 恋人たちの片手は相手の背中に回され、もう片方の手は硬く繋がれていた。

「いいって。お前がそうしなくちゃならないのは俺だって分かってる」

「うぅ、嫌いになったか……?」


 見上げてきた彼女の瞳に、夜の星がよく映えた。


「バカ言うな」


 そう言ってベルナルドは彼女をより強く抱きしめる。

 二人は恋人関係にあることを誰にもバレないよう、会う場所、時間を厳しくせざるを得なかった。夜にこうして住民がほとんどいない、廃墟群の屋根の影で会っているのもそのためだ。


「そうだ、例のアレを持ってきたぞ」


 ベルナルドは足元に置いていた麻袋を彼女に渡した。途端に彼女の表情がふやけたものになる。


「わあ……、へへ、礼を言う。これがあれば本官はあと十年は戦える」

「なにと戦うんだよ」彼は笑った。「まあ、そんなんで良ければいつでも言ってくれ」


 彼の言葉にヴァレリアは喜び、もらった袋を大事そうに両手で抱えた。手首の腕時計を見たとき、彼女は落胆を隠さなかった。


「本官もそろそろ戻らなくては。……殺し合っている時、五分は永遠だった。なのに今は、まばたきのように短く感じる」

「あ……」


 去ろうと踵を返した彼女を見た瞬間、ベルナルドは急に体が冷え始めたような感覚に襲われ、その反動に思わず手を伸ばした。


「ん、どうかしたか」


 その気配を感じてヴァレリアは振り返ったが、彼はその手を引っ込めた。


「いや……なんでもない。また、次のデートで」


 なんでもないことはないだろう、と彼女の瞳が語る。だがその件については、また今度追及するからな。そう言っている気がした。


「楽しみにしている」とだけ残して、ヴァレリアは闇夜に溶け入るように去った。



第一章 完







――あとがき――


ここまでお読みくださり本当にありがとうございます!

作者の起野です。

次からは第二章の開幕となります。

ベルナルドとヴァレリアの関係がさらに深まり、そしてこれまで以上に波乱と愛情入り乱れる展開に突入していきます。


最後に一つ、たった3秒で作者のやる気に火が点く方法を教えます。

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それでは第二章もお楽しみください!

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