第23話 愛の確認と未遂


「よせ!」


 ベルナルドはすぐさま暖炉を氷漬けにした。

 フッ、と明かりが失せて、部屋は冷たい暗がりに落ちる。

 拳をぎゅっと握り締めたベルナルドは、手紙を奪った女性の方へと早歩きで近づいていく。


「あ……やだ……こないで! ごめんなさい……ッ」


 恐怖のあまり涙目になって謝るイルムヒルデ。

 青年はその隣を通り抜け、暖炉を包む氷を殴りつけた。

 崩れた氷塊の中から出てきた手紙は折れ曲がり、濡れてしまっていた。

 だがまだ読むことはできた。


「よかった……よかった」


 恋人の手紙の無事に、青年は安堵する。

 背後でおののく女性のことなどすっかり忘れて、むさぼるように読み始めた。

 そして、その一行目。

 自身の名前が書かれた行を読んだとたん、目頭は熱くなり、笑みをこぼさずにはいられなくなった。



 ――――――

 愛するベルナルドへ


 これを書いている今は、お前の手紙を受け取ってからまだ数時間も経っていない頃だ。

 繰り返し、繰り返し読ませてもらった。

 そしてまた読み返すだろうし、あの手紙を読みながら眠りに落ちるだろう。


 さて、我々には解決しなくてはならない目先の課題が二つあるように思う。


 まずはお前が、ラコアップ山脈の麓の小屋に軟禁されてしまったこと。

 これは可及的速やかに解決する必要がある。

 お前にすぐ会えないのは本官が嫌だからだ。

 策は講じたので、しばし待っていてほしい。


 そしてもうひとつの課題。

 それはお前の御父上――あえて言わせてもらうが、あのクソデブ髭ダルマのド腐れ変態畜生ジジイ――が、愛くるしいお前を口撃、殴打し、その自尊心を著しく損なってきたことだ。

 初デートのとき、ギャングたちが本官たちに銃を向けた時のことを覚えているか?

 あの時、お前は本官の前に立って、銃弾が当たらないように庇ってくれた。

 仮に当たったとしても本官が傷を負わないと分かっているのに。

 あの気持ちが、今なら痛いほどわかる。

 本官はお前が受けた仕打ちを許す気はない。

 しかし、玉座の間でお前が取った行動については、一切責める気はないので安心してもらいたい。


 だけど本当は、少し、いや、とても悲しかった。

 本官のもとを離れてしまうのか。

 また『殺死合』のときみたいに、嫌われてしまったのではないか、と。

 だがそれもお前がくれた手紙のおかげで霧散したよ。


 末筆になるが、ラコアップ山脈は残雪も多く寒いと聞く。

 あの奴隷王のことだ、用意された家もロクなものではないだろう。

 氷使いのお前には無用な心配かもしれないが……風邪をひかないよう、暖かくして眠るように。

 そして次に本官と会ったときは、前よりも強く熱く、抱きしめてくれると嬉しい。

 本官もお前を離さないから。


 ヴァレリア・デスイエロ

 ――――――



 ここ数日で溜まりに溜まっていた鬱屈が嘘のように、体から脱落していくのがわかった。

 ベルナルドは手紙を丁寧に懐にしまうと、ようやくイルムヒルデの存在を思い出した。

 だが彼女には声をかけず、彼は無言でベッドに就くと、そのまま目を閉じた。




   ◇




 その夜、ベルナルドは不意に目を覚ました。下腹部に異変を感じたのだ。

 自身の腰にイルムヒルデが馬乗りになって、こちらの顔を覗き込んでいた。


「何を――「お願い! 待って!」


 彼女の悲痛な叫びに、反射的に押しのけようとした手を止める。


「……ごめんなさい。こうでもしないとベルちゃん、もう話を聞いてくれないと思ったから」


 その予想は当たっていた。ベルナルドはもう金輪際、一週間が経ち一人になれるその時まで、イルムヒルデと口を利くつもりはなかったのだ。


「差出人の名前が見えたの。ヴァレリア・デスイエロ。帝国の終焉兵器で、私たちの一番の敵。そんな人からもらった手紙を、ベルちゃんはあんなに大事そうにしてた。……好き、なのね」


 ベルナルドは迷わず答えたかったが、ぐっとこらえてこう言った。


「答えられない」


 彼女はうつむいた。


「そうよね……。ただ、これだけは分かって。今回の愛人募集の噂を聞いたとき、ベルちゃんにまた会えると思って、嬉しくて嬉しくて。だから、絶対に受かりたいって思ったわ。だって子供のころ、私も友達はベルちゃんだけだった。あの頃から、私の一番はずっとあなたなのよ……」


「イル姉……」


「私を嫌いでもいい、お願い。せめて最後に一度、思い出をくれない?」


「イル姉、駄目だそんなの。俺は――」


 イルムヒルデの顔が近づき、唇が触れ合おうとしたその瞬間。

 小屋に意気揚々と入って来た人物がいた。


「――全く世話を焼かせる男だ。本官がいなくて寂しかったか?」


 その人物、ヴァレリアは恋人とイルムヒルデのベッド上での痴態を見て、死んだように固まった。

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