第2話 ベルナルドとヴァレリア


 将軍と、後から追いついたベルナルドが皇帝席から顔を見せた。

 途端、満員の大観衆がワッ、と盛り上がった。


「デスイエロ将軍だ!」「『火焔かえん戦姫せんき』!」「かっこいい~!」


 一方のベルナルドは、

「野蛮人はひっこめー!」「てめえなんかとっとと将軍に燃やされちまえ!」「『氷の悪魔』!」


 罵詈雑言の嵐だった。


 ベルナルドは「フン」と虚勢を張るも、目が充血していた。


「来たな、二人とも!」

 

 ローブを着た老人、皇帝ガルドニクスが立ち上がると、闘技場は沈黙した。


「さ、余の隣へ」


 訳もわからぬまま二人は促されて、皇帝の左右に立った。


「さて――この二人は当然知っておるな」支配者の声が響いた。彼は将軍を見やり、賞賛する。「我が帝国の誇り、ヴァレリア・デスイエロ将軍!」


 歓声と万雷の拍手が起こった。


「そしてカリプト人の希望。……ベルナルド・アースブレーネン」


 一転、ブーイングの吹雪が乱れ飛んだ。


「彼女らの強大な力は皆も知っておろう。デスイエロ将軍は一万のカリプト軍を、ベルナルドは我が帝国兵士八千を、単騎で撃破した。――たった数十分の出来事じゃった」


 観客たちの顔に影が落ちた。


「『終焉兵器』の二人を殺せる兵器は存在しない。だから『殺死合ころしあい』を開催した。闘技場で相手を殺し勝利した終焉兵器、となるルールを定めてな」


 しかし、と皇帝は今の言葉を打ち消す。


「二人の実力は完全に拮抗しておった。素晴らしい戦いは幾度も見たが、勝利は誰も目にしておらん」


 将軍が歯噛みしてうつむいていた。

 ベルナルドも自身の不甲斐なさに思うところはある。

 将軍を殺したいほど憎んではいないが、故郷を見捨てるわけにもいかない。

 故郷を守るためには、やはり――将軍を殺すしかないのだ。

 

 次だ。次で、必ず将軍を殺す。

 そう思った時、皇帝が叫んだ。


「もう中止じゃ中止! 『殺死合』は今日をもって中止じゃ!」


 観客席が一斉にざわめく。

 ベルナルドと将軍も驚きのあまり息をするのも忘れてしまった。

 だが構わず皇帝は続けた。


「憎み殺し合う闘技場を出よう。いつの世も人々が心を動かす人間模様を始めようではないか。それは何か。そう――恋じゃ!」


 『恋』、との単語が出た瞬間に合わせて、巨大な幕が闘技場の天蓋から垂れ、大観衆に晒された。

 その垂れ幕には、背中合わせでお互いを横目で見つめる、ベルナルドとヴァレリアのイラストが描かれていた。

 二人とも勝手に頬を赤く染められ、頭上に『♡』まで添えられている。


「ここに、恋の代理戦争、『恋思合こいしあい』の開幕を宣言する! 開幕日は明日の正午! 勝つ方法は一つ。『相手に心から「好き」と告白させる』ことじゃ!」


「ふぇっ……⁉ えぇぇえ⁉」

 と将軍。


「ンパっ……?」

 とベルナルド。


 情報量が脳の容量を超えていた。

 だが、自分とヴァレリアがまるで恋人同士のように見つめ合うイラストが、目と鼻の先で風にブラブラと揺れているのだ。嫌でも理性を取り戻さざるを得ない。


「こんなの無茶苦茶だ!」

 そう言って彼は前に出た。

「将軍と俺が⁉ れ、恋愛ぃ⁉ 冗談じゃない、出来るわけないだろ、こんなやつと!」


「そ、そうです! 本官も反対です!」

 将軍も狼狽えながら同調する。

「国民が何というか――」


 彼女が観客席を指した時――歓声の爆発が起こった。


『ワアアアアアアアアアアァァッ‼』


 将軍の腕はだらりと垂れさがった。


「…………夢でも、見ているのか?」


 観客の熱狂を呆然と見入る将軍に対し、ベルナルドは右往左往しながら頭を抱えていた。


「うそだろ……! むりむりむり絶対むりだって」

「お前たち、じれったいのう。ほれほれ手でも握らんかい」


 戸惑う二人の手首を皇帝がすばやく捕まえた。


「ひゃっ⁉ お、お待ちを! この男と手だけは……!」


 将軍も皇帝の手を振りほどくという不敬はできない。

 言葉だけで抵抗をするが、結局なすがまま引きよせられる。


「え? あっ、ちょ……っ!」


 ベルナルドは完全に不意を突かれて、手をほどく暇もなかった。


「明日から“恋しあう”仲じゃ。もっとちこうよれ」


 二人の手は衝突し――繋がれた。

 しかもうまい具合に隙間をすり抜け、指を絡めた恋人繋ぎである。


 歓声は、今日一番の熱狂に達した。

 すっかり気をよくした皇帝は二人に背を向け、席の後方で臣下たちと話し始めた。

 鋭敏な聴覚を持つベルナルドはその内容も事細かに聞こえた。


「あの残忍で冷酷なデスイエロ将軍が、あんな田舎者に気を許すはずがない。ましてや恋など」

「一方で将軍は兵器だが、美貌にも恵まれている。着飾らせれば欲求不満な野蛮人などすぐに落ちるでしょう」

「ベルナルド如きが勝てるはずがない」


 そんな話が大声で交わされていた。


「……なあ」


 ベルナルドは彼らの声を遮るように宿敵へと語り掛けた。

 彼女の耳もまた自分同然に良い。きっと聞かれてしまっただろう。


「いったい何がなんだか。困るよな。急に中止だの、恋愛だの言われたってさ。はは……」


 しかし、反応がない。

 いつもは正面を見据えている帽子のツバがしんなりと下を向いている。


「おい、大丈夫か?」


 問いかけながらギュッと手を強く握ると、ビクリ、と反応があった。


「……落ち着くんだ、すごく」と将軍。

「落ち着く……?」


 すると重なった自分たちの手のひらを、彼女は見つめた。


「あたたかいな、お前の手は。ゴツゴツとしているが、柔らかいところもちゃんとある。……この親指の傷、覚えている。十二回目の時に付けた。あの時は、すまなかったな。許してくれとは言わない。だが本官も心が痛かった。本当は、お前を殺したくなんてなかったのに」


 ベルナルドは思わず唾を飲み込み、彼女を爪先から顔まで二往復も凝視したのち、「あんた誰?」と言った。

 そもそも手を握った瞬間にまた拒絶されると思って身構えたくらいだ。だが現実では、なぜか彼女の方から強く手を握ってきてさえいる。

 まったく訳が分からない。


「ベルナルド」


 彼女の落ち着き澄んだ声で自分の名を初めて聞くと、耳がむずがゆくなった。


「な、なんだよ……」


「初めて会ったときから、お前のことを想うたび、ずっと胸が苦しかった。何度も何度も隠そうとしたが……もう、限界だ」


 桜色の唇がきゅっと結ばれる。目じりの下がった青い瞳と目が合った。


「お前のことが好きだ、ベルナルド」




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