第31話 学生時代を振り返ろう ー恐怖の実習編ー

 居酒屋の暖簾をくぐり、看護師仲間4人がいつものテーブルに集まった。疲れ切った顔を見せながらも、乾杯の掛け声はいつも以上に元気だ。グラスをぶつけ合い、最初の一口を飲み干した後、彩香が重い口を開く。


「さぁ、今日のテーマは…看護学生時代の『実習あるある』ってことでどう?」


「いいねぇ。あの頃を思い出すと未だに胃がキリキリするけど」と美里が苦笑する。


 翔太が「俺も実習中は本当に死ぬかと思ったよ」とグラスを置きながら呟くと、恵が「実習で死んじゃったら笑い話にならないわよ」とツッコむ。全員が笑い声を上げる中、話題は自然と「挨拶の虚無感」に向かっていった。



「まず、挨拶したのに無視されるあの感じ、何なの?」と彩香が身を乗り出す。「『おはようございます!』って元気よく言ってるのに、誰も返事してくれないのよ。もう本当に地面に消えたい気分だった」


「わかるわぁ!」と美里が即座に反応する。「しかもね、一回だけじゃなくて毎回無視されるの。しかも、そのあと陰で『学生の挨拶がなってない』とか言われる始末。いや、そっちが返してないんでしょ!って言いたくなるわけよ」


 恵が「私なんか、挨拶しても返事どころか『この時期になると学生が来るんだよねぇ』って溜息つかれたもん。あの頃はマジで挨拶するのが怖かった」


 翔太がビールを一口飲み、「俺なんか挨拶したら『もっと大きい声で!』って怒鳴られたことあるよ。元気よく言ったつもりだったのにさ。これ以上大きな声出したら他の病棟まで響くだろって思ったわ」と苦笑い。


 彩香が「しかも、返事がないだけならまだしも、たまに『挨拶一つまともにできないんじゃダメだ』とか直接言ってくる人もいるよね。あれで一回泣きそうになったことある」と話すと、他の3人が「あるある!」と口々に共感する。



「でも挨拶よりもっと怖かったのがさ、『なんで?根拠は?』攻撃じゃない?」と彩香が話題を振る。


「それそれ!」と美里が身を乗り出す。「例えば、患者さんの血圧が高いって報告すると、『で、なんで高いの?根拠は?』って聞かれるの。いや、そっちが教えてほしいんですけどって感じだよね」


 恵も「あれはトラウマになるよね。例えば『尿量が少ないです』って言っただけで、『だからどうしたの?』とか『根拠を述べなさい』とか言われると、頭が真っ白になってさ。結局『調べておきます』って言うしかなくなるの」


「わかる」と翔太が笑う。「俺も実習中に患者さんの検査値を報告したら、『で、どうするの?』って返されてさ。学生だからどうするかなんてわからないのにさ。そんなの知らんがなって思ったわ」


 美里が「しかも、根拠の追求って言い方も怖いんだよね。『なんで?』じゃなくて『なんでだと思う?』みたいな、心理テストみたいな感じで聞かれると余計に頭が回らない」と嘆くと、彩香が大きく頷く。


「そうそう、『なんでだと思う?』って優しそうに聞かれる方が逆に怖いのよね。あれはある種の心理戦よ」



「でさ、挨拶と根拠の次に来るのが記録地獄じゃない?」と彩香が顔をしかめる。「あれは本当に拷問だったわ」


「記録に追われすぎて夜中の2時まで起きてたことあるよ」と恵がしみじみ語る。「で、やっと寝れると思ったら夢の中でまた記録書いてるの。もう地獄だよね」


 美里も「私なんか、記録が終わらなくて朝まで起きてた日もあったわ。そのまま実習に行ったけど、頭が回らなすぎて指導者に怒られまくった」と溜息をつく。


「俺も夜中まで記録して、次の日にその記録を提出したら『これ何て書いてあるの?』って言われたことあるわ」と翔太が笑う。「自分でも読めないくらい字が汚くなってた」


 彩香が「しかもさ、記録を一つ終わらせても次々に追加されるじゃない?一体どれだけ書かせるのって思ったよ」と嘆くと、他の3人も深く頷く。



 彩香が「でも実習のストレスって凄まじいよね。あれで痩せた人もいるし、逆に太った人もいるよね」と話を振ると、美里が即座に「私、太った派!」と手を挙げる。


「ストレスでお菓子ばっかり食べてたから、実習期間で3キロ太ったよ。終わった後も戻らなくてさ、体型維持が本当に大変だった」


「逆だわ」と恵が笑う。「私は食欲が全くなくなって、2ヶ月で5キロ痩せたの。周りからは『健康的に痩せたね』とか言われたけど、いやいや、全然健康的じゃないっての」


 翔太が「俺も痩せたなぁ。ストレスで全然食べられなくなって、実習が終わった後に鏡を見たら『これ誰?』って思ったよ」と振り返ると、彩香が「そうそう、実習って本当に自分を削るよね」としみじみ語る。



 彩香が「でもさ、あの地獄を乗り越えたからこそ今があるんだよね」とグラスを持ち上げる。「あの頃を思い出すと、今の仕事の辛さなんて全然大したことない気がするもん」


「そうそう」と美里が頷く。「実習を経験した私たちだからこそ、多少の理不尽にも耐えられる。あの頃を思い出すと、今の理不尽なんてかわいいもんよ」


 恵が「でも、次の実習生が来たら、少しだけ優しくしてあげようよ。私たちも経験者だからこそわかること、あるでしょ?」と言うと、翔太が「俺は絶対優しくするぞ。でも、根拠だけは聞いてみたいけどな」と笑う。


 彩香が「挨拶スルーだけはやらないようにしようね」と締めると、全員が笑い声を上げ、もう一度乾杯した。



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