第19話 活発な患者さん

「夜勤ってさ、昼間はおとなしい患者さんが夜になると別人みたいに元気になること、結構あるよね。」

居酒屋の一角で、彩香がジョッキを片手に話し始めた。


「そうそう!」と美里がすかさず相槌を打つ。「この前の夜勤で、巡視に行ったらさ、患者さんがベッドの上で仁王立ちしてたのよ!」


その衝撃的な一言に、翔太が思わず箸を止めた。「え、仁王立ち!? それどういう状況?」


「それが謎すぎてね。」と美里は説明を始めた。「60代のおじさんだったんだけど、昼間は腰が痛くて動けないって寝たきりだったのよ。でも夜中の2時に巡視に行ったら、ベッドの真ん中に立って胸を張ってるの。目が合った瞬間、『戦国時代に戻った夢を見てた』って真顔で言うのよ。」


「戦国時代!」翔太が腹を抱えて笑う。「それ、完全に武将モードじゃないか!」


「でしょ?もうびっくりしすぎて、とりあえず『危ないので座ってください』ってお願いしたんだけど、振り向いて『敵が来る』とか言い出すの。それでベッドから落ちそうになったから慌てて支えたのよ!」


彩香は涙を浮かべるほど笑いながら、「そのおじさん、昼間と夜のギャップすごすぎない?昼は腰痛、夜は武将。面白すぎるでしょ!」と声をあげた。


「いや、笑ってる場合じゃないのよ。」美里は苦笑いを浮かべながら続ける。「その後座ってもらったら急に冷静になって、『俺、何してたんだっけ?』とか言うの。で、朝には何も覚えてないのか、『腰が痛いからリハビリ無理』とか言ってるのよね。」


恵が静かに頷きながら、「分かるわぁ。夜中に奇行を見せた患者さんほど、朝になると何事もなかったかのように振る舞うのよね。あるあるすぎる!」と話を受けた。


「俺も前に似たようなことがあったな。」翔太がジョッキを持ち上げながら口を開いた。「巡視中にカーテンの中で何か動いてるなと思ったら、患者さんがベッドの下に潜り込んでたんだ。『何してるんですか?』って聞いたら『カギを探してる』とか言うんだけど、その人、病院にそもそもカギなんか持ってきてないんだよね。」


そのエピソードに彩香が爆笑。「もう謎解きじゃん!夜勤中の患者さんってどうしてこう不思議な行動をするんだろうね。」


「そうそう、不思議といえば、前にもあったよ。」美里が箸を置いて思い出したように語り始めた。「巡視に行ったら、いつもおとなしいおばあちゃんが廊下の真ん中に座り込んでるの。何してるのかなと思って話しかけたら、『猫が通ったから捕まえようと思った』って言うのよ。」


「猫!? 病院に?」翔太が驚いて聞き返す。


「もちろん猫なんていないのよ。でも本人は本気で見たらしくて、しかも『猫は幸運の象徴だから逃がしたくない』とか言って廊下で粘るの。結局、手を引いてベッドまで戻したけど、なかなか納得してくれなくてさ。」


「夜勤中の患者さんって、本当に不思議だよね。」彩香がしみじみ語る。「日中と人格が違うのかと思うくらい。」


翔太がふと思い出したように言った。「そういや、この前巡視中に別の患者さんがベッドに座って『これから宇宙に行く準備をする』とか言ってたっけ。何かの影響でテンション上がる時間帯なのかな。」


「それ絶対、薬の影響か何かじゃない?」と恵が分析しつつも笑いを堪えきれない様子だった。


「でもさ。」彩香がふいに真顔になって言う。「一番怖かったのは、この前、巡視中に急にカーテンの中から患者さんがぬっと出てきたとき。心臓止まるかと思った。しかもその人、目をぱっちり開けて『大丈夫だ、私が守る』って言ってきてさ、まじでホラー。」


「それ、笑い話にできるだけ幸せだよね。」美里が微笑みながら話を締めくくった。「夜勤は笑いと驚きの連続。だけど、こうやって飲みながら話すと、まあ楽しい思い出になるかな。」


「乾杯!」翔太がグラスを掲げ、4人で一斉にグラスをぶつけた。


夜勤で活発になる患者たちのエピソードは尽きることなく、彼らの笑い声が居酒屋に響いていた。


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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。


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