第18話 夜勤あるある

居酒屋の席で、グラスを持った美里がぽつりと切り出した。

「さっきまで夜勤だったから、今日一日がめちゃくちゃ長く感じるわ。」


「分かる!」彩香が勢いよくうなずく。「夜勤明けってさ、なんかもうゾンビみたいになるよね。で、余計なもの買っちゃうの。」


翔太が苦笑しながらグラスを傾ける。「夜勤明けの散財は本当あるあるだよな。でも俺は前、美里さんがすっぴんのまま帰るの見て、一瞬誰か分からなくて焦ったけどね。」


美里がピタッと動きを止めた。


「ちょっと翔太、それどういう意味?!」


「いやいや、悪気はないんだよ。普段と違いすぎてさ。あとさ、夜勤の時ってみんなほぼすっぴんじゃん? 俺、夜勤初めて入ったとき、彩香さんがすっぴんで『あれ、この人誰だ?』って本気で思った。」


彩香が口を開けたまま固まる。


「翔太、それ完全にアウト! でも…まあ、夜勤ってすっぴんがデフォルトだよね。」


「そりゃそうだよ。誰が夜中にフルメイクしてるのよ。」美里が言い返す。「むしろ肌のために夜勤はメイクしないって決めてるの。ほら、夜勤終わったらすぐ帰って寝たいし。」


「そうそう。」彩香も頷いた。「私なんて、朝日を浴びながら帰るのがつらすぎて、駅前のカフェに寄っちゃうのよ。それで、ついカフェラテとかクロワッサンとか買いすぎて、帰りには財布が軽くなってるの。」


「それ散財ってやつだよね。」翔太がからかうように言う。「俺もこの間、夜勤明けでスーパー寄ったら、なぜかアイスと惣菜を山ほど買ってて、家に帰って『なんでこんなに買ったんだ…』ってなった。」


恵が微笑みながら話に加わる。「散財っていうか、夜勤明けって頭回ってないから衝動買いしちゃうんだよね。でもさ、私たちにとって夜勤の最大のあるあるって、やっぱりあれじゃない?」


「…禁句ワード?」美里が低い声で答えた。


全員が一瞬、静まり返る。


「禁句ワードって、『落ち着いてる』とか『今日は暇ですね』のやつ?」翔太が首を傾げた。


「そう、それ!」彩香が大きくうなずく。「あの言葉、絶対言っちゃダメなのに、新人がつい口にしちゃうんだよね。」


美里が目を細めて翔太を見つめた。「でも、翔太も新人の頃、やらかしてたわよね?」


「え? 俺?」翔太が驚いた顔をした。


「そうよ。確か最初の夜勤のとき、『今日は落ち着いてますね』って言って、その直後にナースコール鳴りまくったことあったでしょ?」


「あー、あったな!」彩香が手を叩いて笑い出す。「あれ、ほんと面白かったよね。翔太が『暇ですね』とか言った途端、急変が起きたんだよ!」


翔太が顔を赤くしながら言い返す。「いや、あの時は本当に知らなかったんだよ! そんな禁句があるなんて思わないじゃん。」


恵が微笑みながら言った。「でも、それ以降、翔太は絶対に『落ち着いてる』って言わなくなったよね。学習した証拠だわ。」


「だって怖すぎるんだもん!」翔太が肩をすくめる。「あれ以来、夜勤中は何があっても『暇』とか言わないようにしてる。」


彩香が顔をしかめながら話し出す。「でもさ、新人の子ってつい言っちゃうんだよね。この間も誰かが『今日は静かですね』って言った瞬間、三人の患者さんが一気にナースコール押したんだよ。」


「それ、うちの病棟だけじゃないよね。」美里がため息をつく。「どこの病院でも夜勤中に禁句を言うと地獄が始まるって、みんな共通してるんじゃない?」


「ある意味、呪いみたいなものよね。」恵が静かに言った。「私なんて、夜勤中に新人に禁句言われたとき、『もう今日の平穏は終わった』って悟ったわ。」


「禁句が出た瞬間に一気に忙しくなるの、ほんとにあるあるだよな。」翔太がしみじみと言った。「でも、夜勤ってそんなに悪いことばっかりじゃないよね? 俺、夜勤中に病棟が静かなときの空気感とか、結構好きだけどな。」


「それも新人の頃だけよ。」彩香がにやりと笑った。「慣れてくると、静かすぎると逆に不安になるの。『嵐の前の静けさ』っていうか。」


「それ、すごく分かる。」美里が頷く。「夜勤中って、何が起きるか分からないから常に緊張感があるのよね。だから、家に帰ったらその反動で散財するのよ。」


「でも散財だけで済むならまだマシかもよ。」恵が静かに言った。「私は夜勤明けでスーパーに寄ったら、疲れすぎてレジに財布を置き忘れたことがある。」


「それ、本当にやばい!」彩香が驚いた声を出す。「で、どうしたの?」


「気づいたのは家に帰ってからよ。」恵がため息をついた。「それでスーパーに電話したら、ちゃんと保管してくれてたけど…夜勤明けの私、本当に何してるんだろうって思ったわ。」


「分かるわ。」美里が微笑みながら言った。「夜勤明けって、何かしらやらかすものよね。私はこの間、家の鍵を開けた瞬間、玄関でそのまま寝ちゃった。」


「それもやばい!」翔太が笑いながら言った。「でも、夜勤あるあるって、みんなのエピソードを聞くと笑えるけど、実際は結構ハードだよな。」


「でも、こうやって飲み会で話すと楽しいからいいじゃない。」彩香が明るい声で言った。「夜勤あるあるをネタに笑える私たちって、意外と幸せなんじゃない?」


そう言って、彼女が持ち上げたグラスをみんなで合わせる音が、居酒屋の喧騒に紛れて響いた。


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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。


こんな小説も書いています

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命をつなぐ瞬間:https://kakuyomu.jp/works/16818093089006423228

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