第10話 面白い患者さん

仕事終わりの居酒屋。三人はそれぞれのジョッキを持ち上げた。泡のたっぷり乗ったビールが黄金色に輝く。

「今日もお疲れさま!」と彩香が声を上げると、全員が「乾杯!」と答えた。


ビールを一口飲んで喉を潤した後、彩香が早速話を切り出す。

「ねえ、昨日の患者さんがさ、“天使さん、天使さん”ってずっと呼ぶの!普通に名前で呼んでほしいんだけど、天使って…。」

大げさに手を広げながら笑う彩香に、美里がすぐさま突っ込む。


「それ、わかる!なんかおじいちゃんおばあちゃんって、看護師を天使とか女神だと思ってるよね。でもさ、それって甘やかしてるだけだよね。」

冷静に言う美里に、恵がジョッキを持ちながら笑顔で頷いた。


「ほんとそれ。天使って言えば何でもやってくれると思ってるんじゃない?私なんてこの前、夜勤中に“天使さん、肩もんでくれない?”って言われたよ!」

彩香が少し困った顔で話すと、美里が吹き出した。


「肩もみ!?それはもう仕事じゃないし!」

「ね、困るでしょ?」と彩香が言うと、恵もエピソードを披露する。


「私は“天使さんのスマホで孫に電話して”って頼まれたことあるよ。“いやいや、それは個人情報!”って断ったら、なんでか不機嫌になられちゃった。」

「あるある。おじいちゃんおばあちゃんって、看護師を自分の子どもか孫だと思ってるよね。」彩香が頷きながら話すと、美里がさらに笑える話を披露する。


「それならまだ可愛い方。この前なんて、急におばあちゃんが手を掴んで、“あんた、今夜泊まりなさい”って!」

「泊まりなさい!?どういうこと?」と彩香が驚くと、美里が真面目な顔で続ける。


「亡くなった娘さんと勘違いされたみたいで、“寂しいから一緒にいて”って涙ぐまれたら、断れなくて1時間くらい話し相手してた。」

「それ、仕事の範囲超えてるじゃん!」彩香が笑いながら言うと、恵が少ししんみりした表情で言葉を挟む。


「でもさ、そういうのって、ちょっと胸が痛くなることもあるよね。患者さんが本当に寂しいんだなって感じるときって。」

恵の言葉に、しばらく三人は静かに頷いた。だが、彩香がすぐに空気を変えた。


「まあ、確かに寂しい気持ちはわかるけど、笑っちゃうことも多いよね。この前なんて、“天使さん、結婚しよう”ってプロポーズされたし!」

「何それ!?いくつの人?」と美里が驚くと、彩香はニヤリと笑う。


「78歳のおじいちゃん。しかも、“年の差なんて関係ない”って本気で言うの。」

「それは…斬新な告白だね!」と美里が吹き出すと、恵がさらに追い打ちをかける。


「私も告白されたことあるよ。75歳のおじいちゃんに“私の遺産、全部あげる”って言われたことあるよ。」

「遺産!?それはちょっと…一瞬くらっと来た?」彩香が冗談めかして言うと、恵は笑いながら首を振った。


「いやいや、さすがにそれはないけど。でも、こうやって笑える話があるから、看護師って続けられるのかもね。」

美里がジョッキを持ち上げて言うと、全員がジョッキを掲げる。


「ほんと、疲れるけど悪くない仕事だよね。じゃあ、もう一回乾杯!」

再びジョッキがぶつかり、三人の笑い声が居酒屋に響いた。


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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。


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