闇バイト(9)

 新宿中央署に設置された捜査本部には、大勢の警察官が詰めかけていた。

 警視庁、東京空港署、新宿中央署の合同で、さらには刑事部と組織犯罪対策部の合同でもあることから一〇〇名以上の捜査員が本捜査本部には投入されることとなったのだ。

 柔道場と剣道場には捜査員の寝泊まり用の布団などが用意され、大会議室は捜査本部として使うための設備が次々と運び込まれている。

「今回は警視庁のサイバー犯罪対策班も投入されるってことだから、なんかすごいことになりそうだな」

 捜査本部の用意をしている総務課員たちを遠巻きに見ながら、他人事のように呑気な口調で富永が言う。

「実行犯から闇バイトの依頼主まで辿って、元を断たなければ延々とイタチごっこは続いてしまいますからね。ここで悟空を一気に叩いておかないと」

「そうだな。いつまでも末端の連中を捕まえていてもキリがないよな。悟空と島村拓哉を結びつけることが出来たっていうだけでも、高橋は大手柄だよ」

「わたしだけじゃないですよ。みんなの情報が集まったことで、ふたつは結びついたんですから」

「おい、お前ら。そんなところで突っ立ってないで手伝ってくれよ」

 わたしたちのことを見つけた総務課の人間が声をかけてきたため、わたしと富永は近くにあった台車を使って椅子などを剣道場へと運び込む手伝いをした。

 廊下に出ていた椅子をあらかた剣道場へと運び終えたわたしの背中は少し汗ばんでいた。

 椅子と長机が揃った剣道場はちょっとした食堂へと早変わりした。剣道場は、捜査を終えて疲れ果てて帰ってきた捜査員たちが休憩できるスペースとなり、柔道場には布団が持ち込まれて仮眠スペースとなるのだ。

「悪い、こっちの段ボールも運んでもらえる?」

 ちょっと一息つこうかなと思っていたところで、総務課長に声をかけられた。刑事は体力勝負だというが、総務課も体力勝負なのだ。わたしは近くにあった台車に段ボール箱を載せると、それを運びはじめた。

「聞きましたよ、高橋さん」

 わたしが段ボール箱を重ねて運んでいると、手ぶらの二宮が剣道場へと顔をのぞかせた。

「島村拓哉と悟空の結びつけをしたのは、高橋さんだそうじゃないですか。さすがですね」

「二宮さん」

「はい、なんでしょう?」

「手が空いているなら、段ボールをひとつ運んでくださいな」

「あ、失礼しました」

 立っているものは捜査一課でも使え。わたしは二宮に段ボールをひとつ剣道場の端まで運ばせた。

 二宮が手伝ってくれたこともあり、剣道場での作業は予定よりも早く終わった。

「悟空について、情報を持っている人間がいるので、一緒に会いに行ってみませんか」

「そんな人がいるんですか」

「ええ。週刊誌の記者なんですけれど」

「週刊ダイナマイトですか?」

 いつの間にか、すぐ隣に富永がやってきていて、話に首を突っ込んできた。

 富永は、なぜか両手にスーパーのビニール袋を抱えている。中を覗くと、大量のみかんが入っていた。

「なんでわかるんですか、富永さん」

「二宮さんが懇意にしている記者といえば、週刊ダイナマイトでしょ」

 富永がそう言うと、気まずそうに二宮は苦笑いを浮かべる。どうやら図星だったようだ。

「信頼はできる人物です」

「でも、前回は

 じっと二宮の顔を覗き込むようにして富永は言う。

 前回というのは、松本アオイの件だった。松本アオイは週刊ダイナマイトに名前は伏せられていたものの風力発電詐欺で警察が追っているという記事を書かれ、マスコミに追われるような日々を過ごしていた。そして、精神的に追い詰められていた時に、職務質問をしようとした警察官から逃げ出して事故にあって死んだのだ。

「勘弁してくださいよ、富永さん」

 二宮は泣きそうな顔をして富永に言う。

 週刊ダイナマイトと二宮の関係については監察が動いたという噂になっていた。富永はその件について言っているのだろう。

「大丈夫なんですか、本当に」

「何の問題もありませんよ」

 二宮はにっこりと笑ってみせる。

「じゃあ、これを持ってください」

「え?」

 富永は二宮にみかんの入ったビニール袋をふたつ渡すと、わたしの抱えていた段ボール箱をひょいとひとつ取り上げた。

 こういうところで富永は気が利く。二宮とは大違いだ。そんなことを思いながら、じっと富永の顔を見つめていると、その視線に気づいた富永が不思議そうな顔をする。

「なんだ、どうかしたのか? これは、あの机の上に持っていけばいいんだろ」

「え、あ、はい。そうです」

 なぜかわたしは狼狽したような受け答えをしてしまった。

 荷物をすべて置き、剣道場の準備が整ったところで、捜査会議を行うという通達が来たため、わたしたちは四階にある大会議室へと向かうのだった。

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