えびさわたいこ(3)
その日の夜も、わたしはホストクラブへと足を運んでいた。
わたしの席についているのは人気ランキングにも入らないようなホストであり、源氏名をウジマサといった。
この店のホストたちの源氏名は戦国武将から取っており、人気ナンバーワンのノブナガは織田信長、ナンバーツーはケンシンで上杉謙信であり、その他にもシンゲン、マサムネ、トシイエなどといった源氏名のホストたちが在籍していた。
わたしについているウジマサも、一応は戦国武将から名前を取っているらしいが、あまり戦国武将について詳しくないので、それが誰なのかわからなかった。一度、ウジマサに聞いた時に北条氏政という戦国武将から取っているという話を聞いたが、その名前を聞いてもピンとは来なかった。
きょうはアルコールは一滴も飲んでいなかった。さすがに毎晩のようにアルコールを飲み続けるのもしんどいのだ。そのため、一杯千円近くするノンアルコールのジュースを注文していた。
「ねえ、佐智子さん。もっとリラックスしなよ」
店の中を眼だけでキョロキョロと見回すわたしの様子を見てウジマサがいう。
「じゃあ、佐智子さんって呼び方だとなんか堅苦しいから、さっちゃんって呼んでもいいかな」
「それだけはダメ!」
強い口調と睨みつけるような鋭い目つきでわたしはウジマサに言った。
「わ、わかったよ。さっちゃんって呼ばない」
明らかに怯えた顔をしたウジマサは声を震わせながら言う。
さっちゃんと呼ばれると、本能的に相手に敵意を向けてしまう自分がいるのだ。
しまった、やってしまった。わたしは慌てて話を変えることにした。
「そんなことよりさ、最近売り上げが伸びているのって、誰?」
以前、別のホストに同じ質問をした時に「なんか質問責めで、取り調べを受けているみたいだよ」と苦笑いされてしまったことがあった。今回は警戒されないよう、ウジマサにウイスキーの水割りを飲ませていた。多少酔っぱらっていれば、口も軽くなるだろうというのがわたしの考えだった。
「ああ、ケイジさんのこと」
「え、刑事?」
「そうだよ。ほら、あの人」
ウジマサが少し離れた席にいる髪の長い男を指さす。
「あの人が刑事なの?」
「そう。花の慶次って、知らない?」
「なんか、聞いたことはあるかな」
わたしは自分の間違いに気付いた。ケイジというのは、職業の刑事ではなく、人の名前のことだったのだ。自分の正体がバレてしまったのかと思い、一瞬焦ったがそれは取り越し苦労というやつだった。
「前田慶次っていう、戦国武将がいるんだよ」
「そうなのね」
そう返事しながらも、もしも自分があのケイジを指名したらどうなるのだろうかと想像していた。刑事がケイジを指名するなんて、親父ギャグにもならない話だ。わたしは思わず苦笑いを浮かべた。
「シャンパン入りまーす」
どこからともなく声が聞こえてくる。
するとマイクを持ったホストが、席についていなかったホストたちを引き連れてバックヤードから登場する。歌と手拍子のリズムでシャンパンを入れてくれた客に対してお礼を述べて、シャンパンタワーと呼ばれるグラスの山にシャンパンを注いでいき、それをみんなで飲んでいく。
これをシャンパンコールと呼ぶのだということは、事前に動画サイトなどで見て知っていたが、実際に見るのははじめてのことだった。
「すごいね、あのお客さん」
「ああ、みっちーね」
「みっちー?」
「いまナンバー3のマサユキさんに入れあげているお客さん。どっかの社長さんらしいんだけど、けっこう羽振りが良いんだ」
ウジマサが説明してくれる。
ちなみに、マサユキというのは戦国武将の真田昌幸から名前を取っているとのことだった。真田昌幸はあの真田幸村の父親で智将といわれた戦国武将だそうだ。
「へー、そうなんだ」
そういいながら、わたしはマサユキの隣に座っている高そうな服を着た四〇代ぐらいの女性を見ていた。手にしている指輪はどれも宝石がちりばめられているし、爪もきちんとネイルサロンなどに通って手入れされているということがよくわかる。ステレオタイプな金持ち像がそこにはあった。
「ねえ、佐智子さん。おれにもシャンパン入れてよ」
「そうね。ボーナスが入ったら考えてあげてもいいかな」
「本当? 約束だよ」
ウジマサはじっとわたしの目を見つめながら、手を握ってくる。
一瞬、ドキッとさせられた。
仕事とはいえ、こういう遊びをするのも悪くはないかもしれない。わたしは、そんなことを思ってしまった。
えびさわたいこの次の被害者となる候補は、ケイジかマサユキのどちらかだろうと絞られつつあった。
ケイジの方は、指名する客がコロコロと変わっていくのだが、マサユキの方は例の女社長がずっと指名をし続けているといった印象が残った。
マサユキについてウジマサに聞いてみたところ、やはりマサユキも元々は人気ランキング七位の辺りを行ったり来たりしているホストだったという。
実際にランキングが上がる前までは、あの女社長ではなく別の常連客が頻繁に通い、マサユキに貢いでいたということもわかった。
どうやら、あの女社長はえびさわたいこではなく、えびさわたいこは別にいるようだ。
わたしはウジマサに、そのマサユキに入れあげていた女性が店に来たら連絡をしてほしいと頼み、ウジマサへ連絡先を教えた。
その日から数日おきに、ウジマサから営業メッセージが来るようになったが、わたしはそのメッセージに対して忙しいからと理由をつけて既読スルーし続けた。
待ち望んでいたメッセージがウジマサから来たのは、最後に営業メッセージを既読スルーしてから三日後のことだった。
『マサユキさんに入れあげていたお客さん、来たよ』
業務連絡的な短いメッセージ。どんなに営業メッセージを送っても、既読スルーをするのでウジマサも諦めていたようだ。
もし、ウジマサが売れっ子ホストであれば、既読スルーされたくらいで諦めることはないだろう。しかし、そこがウジマサという売上ランキング上位に入れず燻っている三流ホストなのだ。もう少しガツガツ行くことが出来ればウジマサも一流までは届かなくとも二流のホストくらいにはなれるはずだとわたしは勝手に思っていた。
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