誰がために鐘は鳴る(4)
捜査会議は朝と夕方の二回行われるのが通例だった。
新宿中央署の四階にある捜査本部となっている大会議室には、総勢五〇人の捜査員たちが夕方の会議のために集まってきていた。
捜査員たちは各担当を割り振られており、その担当分の報告を行うのが夕方の捜査会議だった。
「――式の参列者たちからは、犯人には見覚えはないという意見が聞かれています」
そう報告をしたのは、新宿中央署刑事課の二川巡査部長だった。二川は捜査一課の若手刑事とコンビを組んで式の参列者たちから情報を集める役割を任されている。
「犯人の顔をはっきりと見たっていう人間はいないのか?」
「残念ながら、きょうの聞き込みではそういった人間を見つけることはできませんでした」
「わかった。次」
進行を務めているのは捜査一課管理官の黒田警視であり、捜査本部長である緑川捜査一課長はその隣で黙ったまま腕組みをして捜査員たちの報告に耳を傾けている。
「武藤巡査についての話を世田谷署共同駅前交番と砧公園前交番で聞いてきました」
二宮が立ち上がって報告をはじめる。
わたしたちのチームは、捜査会議での報告などはすべて二宮に任せると決めていた。
二宮が報告をしている間、わたしは他の捜査チームが掴んできた情報を自分のノートにまとめ書きをする。これも芝本さんから教わったことだった。
『捜査は自分の担当する場所だけではなく、全体を見るんだ。木を見て森を見ずではダメだ。そうすると、いままで気づかなかったものが見えてきたりするものだ』
芝本さんはそう言って捜査会議の際には手帳にペンを走らせていた。
まるですぐと隣に芝本さんが座っていて、ペンを走らせているような錯覚に囚われ、わたしは思わず隣の席をじっと見てしまった。
そこにいるのは相棒である富永だったが、富永は真剣な顔をして二宮の報告を聞いており、時おり首を上下させて頷いたりもしている。
「――わかった。では、引き続き武藤巡査の身辺から情報を集めてくれ」
報告が終わり、二宮が席に着く。
その際に、二宮はちらりとノートにペンを走らせているわたしのことを見た。視線に気づいたわたしは、二宮の方に目だけを向けて口パクで「なにか?」と問いかける。
「それはヤバいだろ」
小声で二宮が告げた。
二宮の指さした先はノートの隅であり、そこにはわたしが描いた黒田管理官の似顔絵があった。
自分で言うのも何だが、その似顔絵は下手くそなのだが絶妙に特徴を捉えており、パッと見で黒田管理官の顔だとわかるものだった。
二宮の指摘で落書きに気がついた富永は口に手を当てて肩を震わせながら、なんとか笑い声を出すのを抑え込んでいた。
夕方の捜査会議では、どのチームもまだ犯人に結びつく手がかりを掴んではいなかった。
事件発生から時間が経てば経つほど事件解決は難しくなってくる。もし目撃者がいたとしても記憶は曖昧になってくるし、防犯カメラの映像なども数日で消去されてしまう場合があるためだ。そのため、捜査員たちはできる限りの情報を集める必要があった。
捜査会議終了後、捜査員たちはまた自分の仕事をするために、各担当の捜査へと戻っていく。一度捜査本部が立ってしまえば、定時帰宅などありえないのだ。
空いている時間に、わたしは着替えを取りに帰宅することにした。ちょうどロッカーに入っているシャツのストックがなくなってしまったのだ。
自宅に戻ると着替えのほかに化粧品などもバッグに詰め込む。普段からいつでも署に泊まり込むことができるように、色々なものが常備してある。もし足りないものがあったとしても、コンビニで買うことができるのだが、自分の気に入っている化粧品などがあるとは限らないので、出来る限りは買い置きして、いつでも持ち出せるように用意はしてあった。
帰宅したついでに燃えるゴミも集めて、マンションのゴミ集積場へと運んでおいた。ひと通りのことを済ませると、大きめのカバンに荷物を詰め込み、部屋を出た。
次に戻って来れるのは何日後だろうか。そんなことを考えながら、最寄り駅まで歩き、地下鉄に乗って署まで戻った。
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