誰がために鐘は鳴る(3)

 砧公園前交番に着いてみると、交番内は無人であり『ただいまパトロール中』という看板が出ている。

「少し待ちますか?」

 二宮の言葉に富永が頷きかけたところで、わたしは口を開いた。

「じゃあ、少し早いですけれど、お昼にしませんか?」

 わたしの視線の先、そこには一軒の中華料理屋があった。赤い暖簾にラーメンと書かれた町中華の店だ。

「いいですね。ちょうど、お腹が減ってきたところです」

 いつもであれば、ミスターまかせるの富永とふたりっきりであるため、昼食の提案をしても「まかせる」のひと言で終わってしまう。そこに「まかせる」以外の言葉が入ってきたことがわたしにとっては新鮮であり、感動すら覚えてしまった。

「じゃあ、行きましょう」

 わたしは車をUターンさせると中華料理屋の前にある駐車スペースへ捜査車両を停めた。

 引き戸を開けて中に入ると、店内には先客が3名ほどいた。作業着姿の男性がふたりと学生と思われる青年がひとりだった。

「いらっしゃい」

 店の奥から六〇代ぐらいのおばさんが出てきて「適当に座ってね」と告げる。

 わたしたちは小上がりとなっている畳の席を選んで座ると、メニューへと目を通した。

 マジックペンで書いたと思われる手書きのメニュー表には、ラーメンやチャーハン、餃子、酢豚などといった定番の町中華メニューから、カレーライス、生姜焼き定食、野菜炒めといったメニューまで書かれている。

 わたしはネギ味噌ラーメンと半チャーハンのセット、富永は黒ごまタンタンメンとチャーハン、そして二宮はカレーライスを注文した。

 セルフサービスとなっていた水をコップに注いで持ってくると、わたしは富永と二宮に配った。

「ふたりはいつもコンビを組んでやっているんですか?」

 冷水をひと口飲んだあと二宮が聞いてきた。

「まあ、そうですね。基本的には」

 富永がそう答え、わたしの顔をちらりと見てきた。

 なんでわたしを見るんだ。そう思いながら、富永の視線を受け流す。

「私の場合、色々なところに行ってチームを組んだりすることが多いのですが、やっぱり合う合わないっていうのがあったりして、人間関係って難しいなって思ったりもしますよ」

「そうなんですね。ところで、二宮さんは記憶力はいい方ですか?」

 わたしがそう言った時、富永が一瞬「お前は何を言い出すんだ」といった顔をした。

「ええ。まあ、悪くはないと思います」

「人の顔とか覚えるの得意ですか?」

「そうですね。得意な方だと思います。見当たり捜査なんかも、何度かやったことはありますよ」

「じゃあ、わたしのことを覚えていますよね?」

「え?」

 二宮はわたしの顔をじっと見つめたまま固まる。

 微笑みながら二宮のことをじっと見つめ返したが、二宮はわたしの顔をじっと見ても思い出せないらしく、数秒で目をそらしてしまった。

「えーと……」

「歌舞伎町のホストクラブ」

「あ……」

 そこまで言われて、ようやく二宮は思い出したらしい。

「あの時の。えっ、ええー!」

「そうです。その節はお世話になりました。店内は暗かったし、化粧もちょっと濃い目にしていたからわからなかったかもしれませんね」

 嫌味をたっぷりと込めて言ってやった。

「失礼しました。あの時は、ご協力ありがとうございました」

 二宮はあわてた様子で頭を下げる。

 そう、わたしたちは『えびさわたいこ』の事件の際に、ホストクラブで会っていたのだ。あの時は、二宮たち捜査一課に『えびさわたいこ』の身柄を持っていかれてしまい、わたしは悔しい思いをしていた。しかし、別に恨みがあるとかそういうわけではなかった。お互い仕事だったのだ。それに別件で容疑者を持っていかれてしまったが『えびさわたいこ』を逮捕できたことには変わりなかった。そのおかげで、被害者となる人間が減ったのだから良しとしよう。だから、これであの時のことは水に流そうとわたしは思っていた。

「いやー、まいったな」

 二宮は終始苦笑いをし続けていた。

 注文した料理が出てきた。わたしの頼んだネギ味噌ラーメンは、ラーメンの上にこれでもかと言わんばかりにネギが大盛りで乗っており、ひと口食べると口の中にネギの香りが広がった。ネギにはラー油がまぶしてあり、ピリ辛で、それがまた食欲をそそる。麺は太麺でちぢれ麺。味噌とよく絡み合って、ひと口、またひと口とやめられなくなる。

 そして、半チャーハンはご飯がパラパラであり、シンプルながらラーメンのスープとの相性は抜群で、大満足の味だった。

 食事を終えたわたしたちは中華料理店を後にすると、ふたたび砧公園前交番を訪ねた。

 交番内にはふたりの制服警官が戻ってきていた。ひとりは中年の巡査長であり、もうひとりが長野ちょうの巡査だった。

 わたしたちは現在捜査中の事件の話をふたりにして、長野巡査から話を聞くことにした。

「武藤とは、警察学校の同期なんです」

 長野巡査はそういって、ぐっと拳を握りしめた。

 どこかまだ顔に幼さを残した長野巡査によれば、武藤巡査は優秀な警察官であり、警察学校でもみんなを引っ張るリーダー的な存在であったという。また、武藤巡査にはカメラの趣味があり、学生時代は映画研究サークルに所属していたことがあるという話も聞けた。

「武藤は人から恨まれるような人間じゃないですよ」

 最後に長野巡査はそう告げて、仕事へと戻っていった。

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