誰がために鐘は鳴る(2)

 新宿中央署刑事課所属のわたしと相棒の富永は、警視庁捜査一課第三強行犯捜査係の刑事と組んで被害者の身辺捜査を担当することとなった。

 第三強行犯捜査係という名前を聞いて、わたしは嫌な予感を覚えた。そして、わたしの嫌な予感というものは当たるのだ。

「どうも、二宮です。よろしく」

 まるで初対面かのように挨拶をして右手を差し出したその男は、間違いなく捜査一課の二宮刑事だった。二宮刑事とは初対面ではなかった。歌舞伎町にあるホストクラブで『えびさわたいこ』を横取りした。それが二宮刑事だった。どうやら、二宮はそのことを忘れてしまっているようだったが、わたしはしっかりと覚えていた。

「富永と高橋です。よろしくお願いします」

 差し出された手に応えるために富永が右手を差し出して、二宮と握手を交わす。

 あの時、富永は二宮刑事の姿は見ていなかった。だから初対面なのだ。

 仕方なくわたしも二宮と握手を交わしたが、わたしがじっと彼の顔を見つめても彼は思い出すことは無いようで、何を勘違いしたのかわたしに微笑んで見せていた。

「まずは武藤巡査の配属先だった、経堂駅前交番に行ってみますか」

 二宮の提案に富永は頷き、捜査車両を停めてある駐車場へと向かう。

 捜査車両では、運転席にわたしが座り、助手席は二宮、後部座席に富永という配置となった。運転についてはわたしが買って出たことだったが、助手席については二宮の希望を富永が受け入れた形となった。

「高橋巡査部長は、運転がお好きなんですか」

 新宿中央署の駐車場を出たところで、二宮が聞いてきた。

 この前会った時はホストクラブの薄暗い照明の中だったため、顔をはっきりと見ることは出来なかったが、二宮は濃い眉とくっきりとした二重まぶたが特徴的な男だった。見る人によっては彼をイケメンと持てはやすだろう。わたしは横目で二宮のことを見ながら、そんな風に分析していた。

「別に好きなわけじゃありませんけど、嫌いでもないですね」

「そうなんですね。帰りは私が運転しますよ」

「いえ、帰りもわたしが運転しますので大丈夫です」

 答えているようで、答えになっていない答えを返し、運転に集中するという理由をつけて二宮との会話を切る。

 おかしな空気を察したのか、そこからは富永が二宮に話しかけはじめ、車内の空気はそれ以上悪くなることはなかった。

 経堂駅前交番に到着し、交番前の路肩に捜査車両を停めると、ふたりが降りたことを確認したからわたしも運転席から降りた。

「なんか俺、悪いことしましたかね」

 先に降りていた二宮が富永に聞いているのが、風に乗って聞こえてくる。

 まだ気づいていないんだ。でも、ちょっと大人おとなげなかったかな。そう思いながら、先に待っていたふたりと合流する。

 経堂駅前交番で話を聞いたのは、交番長である橋本警部補だった。

 橋本警部補は柔道の猛者らしく大きな体の持ち主だったが、語り口調はかなり優しく、どこか森のクマさんをイメージさせるような感じがあった。

「武藤巡査は、真面目な青年ですよ。無断欠勤なども一度もしたことはないし、子どもからお年寄りにまで慕われるような交番の警官です。そんな武藤巡査が刺されるなんて、本当に許せませんね」

 怒りのこもった口調で橋本警部補はいう。

「本当に許せませんね」

 調子を合わせるように二宮がいう。

「彼の交友関係とかご存知だったりしませんか。例えば、仲の良い同僚とか」

「そうですね。仲の良い同僚といえば、きぬた公園前交番の長野ちょうの巡査かな。休みの日にふたりでツーリングに行ってきたなんて話を聞いたことがありますよ」

「へえ、ツーリングですか」

「お互い年も近くて、バイクの趣味が合うみたいで」

「なるほど、ありがとうございます。ちょっと、砧公園前の方にも顔を出してみます」

 橋本警部補にお礼を言って経堂駅前交番を後にすると、今度は砧公園前交番へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る