誰がために鐘は鳴る(5)
署内に捜査本部が設置されていると、どこか活気づいているように感じられる。いつもであれば、この時間は夜勤の人間しかいないのだが、捜査一課の刑事たちを含め、多くの刑事課員たちが署内にいた。
「あ、高橋。夕飯どうする」
刑事課の部屋に入るなり、富永が声を掛けて来た。
「お弁当ですよね」
「そうだよ。きょうは一課がいるから、焼き肉弁当らしいけれど」
「え、そうなんですか」
「そうなんだよ。なんか署長が捜査本部が出来た時ぐらいは、精力のつくものを食べろって」
「でも、これ我々は自腹ですよね」
佐智子は自分の財布の中身を頭の中で思い出しながらいう。捜査本部の弁当を注文すれば、あとで給料天引きで支払いがまわってくるのだ。焼肉弁当だ、きっと千円以上はするだろう。来月は何か大きな支払いがあっただろうか。出来ることなら、節約をしたい。
「それが違うんだよ。捜査費から出るらしい」
顔を近づけてきた富永が声を潜めて言う。
「本当ですか。じゃあ、わたしも注文します」
「だよな。じゃあ、うちは織田さんと二川さん、堀部さん、高橋、俺の5人だな」
富永はそう言うと、伝票にボールペンでスラスラと文字を書いた。
「じゃあ、ちょっと庶務係へ行ってくる」
どこか嬉しそうな感じで、刑事課の部屋を出ていく富永の後ろ姿を見送った。
焼肉弁当か。わたしは心の中でつぶやき、気合を入れて捜査報告書の作成をするためにパソコンの画面と向き合った。
しばらくの間、報告書の作成に集中していた。報告書を作成しながら、いま追っている事件の整理も頭の中で行う。なにか見落としている点はないか。犯人に結びつく点はないか。それをひとつひとつ確認していくのだ。
「高橋さん。ちょっと、いいかな」
刑事課の部屋に二宮がやってきた。
辺りを伺うような様子を見せており、どこか動きが怪しかった。
「どこか使える会議室はありません?」
「それなら、そこの小会議室が空いていますけど」
わたしは刑事部屋の隅にある四人がけのテーブルがひとつだけある会議スペースを指さした。
「じゃあ、そこを使いましょう。富永さんも来てください」
二宮はそう言って、わたしと富永を小会議室へと誘い込んだ。
「なにかありましたか、二宮さん」
「ちょっと小耳に挟んだ情報がありまして」
「なんですか」
「顔見知りの週刊誌の記者から聞いたばかり話なので、まだ裏取りはできていませんが、被疑者についての情報が」
二宮は声を潜めるようにして、わたしたちに打ち明けた。
「え、どういうことですか。捜査情報はまだ――」
「いえ、すでに一部マスコミには漏れています」
そんなことは気にするな。二宮の口調はそう言っていた。
「それで、被疑者の情報というのは?」
不満げな顔をしたわたしに対して、さっさと話を進めろと言わんばかりに富永が口を挟む。
「武藤巡査の知り合いに、あの映像の男とよく似た背格好の男がいるそうです。もちろん、この情報は正規のものではありません。ですから、慎重に扱う必要があります」
「なるほど。それで、二宮さんはどうしようと思うんですか」
「これから、その被疑者の自宅を張り込もうかと思います」
「わかりました。行きましょう」
富永は納得したようにうなずくと、席を立ち上がった。
そんな富永とは対照的にわたしは胸の奥底に何か引っかかるようなものを感じ取っていた。
「高橋。運転を頼む」
なかなか席を立ち上がろうとはしないわたしに富永は声を掛けてから、会議室を出ていった。
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