誰がために鐘は鳴る(6)

 被疑者の自宅は、京王線の代田橋だいたばし駅近くにある二階建ての木造アパートだった。

 運転する捜査車両を路肩に停車させると、後部座席からアパートの出入り口に向かってスマートフォンのカメラを向ける二宮の様子をルームミラーでちらりと確認する。

 週刊誌の記者から得た情報なんかを信用して、本当に大丈夫なのだろうか。わたしの心の中には、そんな気持ちがあった。

「三沢浩平。元自衛官で陸上自衛隊第一空挺団に所属していたことがあるエリート。現在は無職。三年前に自衛隊を退職した後、この代田橋のアパートで一人暮らしをしている模様。アパートの家賃などの資金源は不明」

 写真を撮り終えた二宮は、そのままスマートフォンを見つめながら話しはじめた。

「それも週刊誌の記者から得た情報ですか」

 わたしはじっと前を見据えたまま二宮に言った。どこか棘のある言い方だ。そう自分で感じたが、感情をうまくコントロールすることは出来ていなかった。

「ええ、そうです。彼らは我々警察とは違う情報網を持っています。時にはその情報網が役に立つこともありますよ」

 二宮はそう言うと、さらに言葉を続けた。

「彼らの好きな下世話なネタでもありますが、こんな情報もあります。刺された武藤巡査は、新宿二丁目にあるクラブに入り浸っていたそうです。そこで武藤巡査と三沢浩平が一緒にいた姿を見たという人間もいるみたいです」

 それだけ言うと二宮はスマートフォンをスーツの内ポケットへとしまった。

「警察に好意を持ってくれている人もいれば、そうでは無い人たちもいます。そういった人たちから情報を聞き出すのは至難の業です。だから、我々ではない週刊誌の記者のような人間から情報を得るのも必要なんです」

 二宮の言っていることは確かだった。相手が警官というだけで口を噤んでしまう人間もいる。だからと言って、週刊誌の記者からの鵜呑みにしてもいいのだろうか。わたしはまだ納得ができないという気持ちを抱えながら、じっと二宮の話に耳を傾けていた。

 三沢の部屋だという二〇一号室の明かりは消えたままだった。午後八時を過ぎているが、まだ帰宅はしていないようだ。

「きょうは空振りだったかもしれないですね」

 富永が助手席で後ろを振り返りながら二宮に言う。

「そうですね。捜査本部へ戻りますか」

 その二宮の言葉を聞いたわたしは捜査車両のエンジンを掛けて、ヘッドライトを点けた。

 その時、路地のところから男が姿を現したのが見えた。

 キャップを目深にかぶり、モスグリーン色のジャンパーを着た男。足元ははっきりとは見えなかったが、スニーカーを履いていることは確かなようだ。

「二宮さん」

 思わずわたしは声を出していた。

「やつだ」

 二宮が短く答える。

 距離は二〇メートルほど離れていたが、男と目が合ったような気がした。

「どうしますか」

「ゆっくり車を出して。いまは、その時ではない」

 二宮の言葉にわたしは無言で頷くと、アクセルを踏んだ。

 男は路側帯を歩くようにして、車とすれ違っていき、アパートの敷地内へと入っていった。


「三沢浩平に間違いありませんね」

 新宿中央署刑事課鑑識係の部屋で捜査車両の車載カメラに残された映像を見ながら、二宮が言った。

「間違いなく三沢は被疑者となるでしょう」

 そう続けて言うと、車載カメラの映像から抜き出した三沢の画像をプリントアウトする。

 カメラの映像を写真化したものであるため、鮮明なものとはいえないがキャップにモスグリーンのジャンパーという姿は、武藤巡査を襲った犯人が着ていたものと酷似していた。

 その夜、臨時の捜査会議が開かれた。

 二宮が捜査本部長である緑川捜査一課長に三沢の存在を明かしたためであった。

 集められた捜査員たちは、被疑者となった三沢浩平の写真とプロフィールを頭の中に叩き込み、再び自分の持ち場へと戻っていった。

「そういえば、まだ焼き肉弁当食べてないんですけど」

 捜査会議が終わったのは、日付が変わった頃だった。

 さすがに夕食抜きで動き回っていたため、空腹を覚えていた。

 刑事課の隅にある休憩スペースへと向かい、残されていた焼き肉弁当を取る。わたしたち二人分の弁当が最後だった。

 二宮は捜査一課で別に用意されているらしく「食事を終えたら、また集まりましょう」と言って一課用に当てがわれた休憩室へと入っていった。

 焼き肉弁当は高級焼き肉店としてもお馴染みのあの店のものだった。芸能人とかがよくテレビ番組で絶賛している弁当であるということはリサーチ済みである。

 弁当は完全に冷たくなってしまっていたが、それでも十分においしさが伝わるものだった。ああ、もっと食べたい。出来ることなら、弁当じゃなくてお店で焼いたお肉を食べたい。わたしは空になった弁当を見つめながら、そんなことを思っていた。

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