闇バイト(6)
その日は、朝から冷たい雨が降っていた。
高速道路を使って捜査車両を栃木方面へと走らせていると、雨は次第に雪へと変わっていった。東京を出る前に念の為にタイヤはスタッドレスにしておいたので、多少の雪道でも安心だった。
カーナビゲーションシステムが、この先で事故渋滞が発生しているという情報を教えてくれる。ここで高速は降りて、下道で現地まで向かうべきだろうか。そんなことを考えながら走っていると、出口が来る前に渋滞のお尻にたどり着いてしまった。
いつもであれば助手席にいるはずの富永の姿は、きょうは無い。えびさわたいこに会うのは自分ひとりでいいだろう。そう判断して、ひとりで来たのだ。えびさわたいこが収監されているのは栃木県にある女子刑務所だった。彼女は裁判で実刑判決を受けて、そこで刑に服しているのだ。
しばらく渋滞から抜け出せそうには無いな。そう思いながらブレーキを踏むと、少しずつ進む車列のテールランプを見つめながら、ゆっくりと車を前に進めていった。
予定よりも三〇分ほど遅くなってしまったが、無事に女子刑務所へとたどり着いたわたしは、受付を済ませて面会室でえびさわたいここと、佐藤千佳がやってくるのを待った。
しんと静まり返った面会室に刑務官と共に姿を現したのは、受刑服を着たひとりの女だった。少し顔はやつれたが、それはえびさわたいここと、佐藤千佳に間違いなかった。
「あなた、見たことあるわ」
顔を合わせるなり、佐藤千佳はわたしに言う。
「私が捕まった時、店に居た刑事でしょ。あの時は残念だったわね。私もあなたに捕まった方がよかったかもしれないわね」
佐藤千佳は笑いながら言うと、わたしの目をじっと覗き込んできた。
「何しに来たの?」
「あなたに聞きたいことがあるの」
「私は話したいことなんて何も無いから」
「あなたの背後にいる人物は誰なの」
「先生、戻ります」
佐藤千佳はわたしのことを無視するかのように、後ろに立っていた刑務官に声を掛けると椅子から立ち上がろうとした。
「ちょっと、待って。人が死んでいるの。あなたと同じように実行役をさせられた人が、殺されているのよ」
「知らないわ。知っていたとしても、あなたには話さない。だって、私も殺されちゃうかもしれないから」
そう言って佐藤千佳は笑うと、刑務官に終わりという合図をして面会室から出て行こうとする。
「弟さん、まだ高校生でしょ。刑期満了が早まれば、高校卒業前に会えるんじゃないかしら」
わたしのひと言に佐藤千佳は足を止める。
佐藤千佳には、高校生の弟がいた。両親が離婚した後、佐藤千佳は弟の面倒を見ながら働き、ふたりで暮らしていたのだ。おそらく、その弟は佐藤千佳が犯罪をしていたということは知らないのだろう。現在、弟は高校の学生寮に入っているということまでは調べてあった。
「卑怯者」
佐藤千佳は恨みのこもった目でこちらを睨みつけると、刑務官に席に戻ると告げて、わたしの前へと戻ってきた。
「あなたの背後にいた人物について教えてほしいの」
「詳しい話は知らないわ。向こうから一方的に指示が来るだけだったから」
「どういう経緯でその人とは知り合ったの?」
「取り調べでも正直に話したわよ。SNSって。ちょっと実入りの良いアルバイトをしないかって誘われたのが、きっかけ」
「相手とは一度も会っていないの?」
「そう。稼いだ金は向こうの指示に従って、振り込んだり……あ、でも一度だけ会ったことがある人間がいた」
「それは?」
「完全に忘れてた。だから取り調べでも話さなかったわ」
「教えて。どんな人物だったの?」
「おじさん。四十代半ばくらいの。でも、あれは堅気じゃないわね。サラリーマンを装っている感じだったけれども、怖い雰囲気が身体から滲み出していた」
「もう一度、その人の顔を見れば思い出せる?」
「たぶん……」
少し不安そうな表情で佐藤千佳は言う。
「次に来る時は捜査協力をしてもらうと思うから、よろしくね」
そう佐藤千佳に告げると、わたしは佐藤千佳の顔をじっと見た。目的は違えど、わたしたちは同じホストクラブに通っていた。今度は同じ目的で、ひとりの男を追い詰める。かならず、犯人を逮捕してみせる。わたしはそう誓いながら、面会室の席から立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます